1月24日。
モロッコに着いた。
着いたけど。
なんにも考えちゃいなかった。
日本を出るとき、頭の中はエジプトでいっぱいだったから。
そのあとのモロッコのことまで計画をたてる余裕がなかった。
とりあえずどこへ泊まろうか、そんなことを考えていたら入国審査で止められた。
「なぜエジプトからなんだ?」
「エジプト観光をしていたので」
「なぜエジプトへ行っていたんだ?」
「ピラミッドを見たかったので」
「なぜ一人でモロッコへ来たんだ?」
・・・なぜと言われましても!
答えに詰っていると警察へ引っ張って行かれた。
なんだか知らない容疑を晴らすために1時間ほど費やした。
一人旅は犯罪なのかと、ちょっと議論した。
なんとか入国したものの。
どこへ行くかはまだ未定。
とりあえずカサブランカの鉄道駅へ行き、
とりあえずひとやすみしていたら、列車が来た。
行き先は「Fez」。
フェズ。
フェズ。
なんか聞いたことのある地名。
とりあえずそれに乗ってみた。
カサブランカを出てしばらくは遠くに海が見えていた。
水平線だ。
大西洋だ。
明るいブルーにきらめく海は、やがて緑の野原に変わる。
なだらかな丘と草をはむヒツジ、まばらな森。
森の木々がサボテンに変わる頃、夕暮れの時刻がやってきた。
モロッコは「マグレブ」と呼ばれる地域に属している。
「日の没するところ」という意味だ。
赤い地平線へキラキラ沈んでいく夕日。
これがマグレブの夕日か。
マグレブの黄金なのか。
列車の影は楽しげに荒野を走り抜けていく。

・・・で。
夕映えの中を走破して。
着いてみたらば、真っ暗け。
もう夜だった。
宿探し、面倒くさいなと思っていたところ
「ぼく、宿屋の客引きなんだけど?」
と若い男に声をかけられた。
その男の子が・・・可愛かったのだ!
今思い出しても、モロッコにいた2週間の中で彼が一番可愛い坊やだった。
別に下心があったわけじゃないけどさ。
おばちゃんもねえ、可愛い子には弱いのよ。
一も二もなくついていく。
その坊やが宿屋の客引きのほかにガイドの紹介なんかもやっていて
翌日がっぽりボラれたことは、ちょっと忘れることにしている。
モロッコに着いた。
着いたけど。
なんにも考えちゃいなかった。
日本を出るとき、頭の中はエジプトでいっぱいだったから。
そのあとのモロッコのことまで計画をたてる余裕がなかった。
とりあえずどこへ泊まろうか、そんなことを考えていたら入国審査で止められた。
「なぜエジプトからなんだ?」
「エジプト観光をしていたので」
「なぜエジプトへ行っていたんだ?」
「ピラミッドを見たかったので」
「なぜ一人でモロッコへ来たんだ?」
・・・なぜと言われましても!
答えに詰っていると警察へ引っ張って行かれた。
なんだか知らない容疑を晴らすために1時間ほど費やした。
一人旅は犯罪なのかと、ちょっと議論した。
なんとか入国したものの。
どこへ行くかはまだ未定。
とりあえずカサブランカの鉄道駅へ行き、
とりあえずひとやすみしていたら、列車が来た。
行き先は「Fez」。
フェズ。
フェズ。
なんか聞いたことのある地名。
とりあえずそれに乗ってみた。
カサブランカを出てしばらくは遠くに海が見えていた。
水平線だ。
大西洋だ。
明るいブルーにきらめく海は、やがて緑の野原に変わる。
なだらかな丘と草をはむヒツジ、まばらな森。
森の木々がサボテンに変わる頃、夕暮れの時刻がやってきた。
モロッコは「マグレブ」と呼ばれる地域に属している。
「日の没するところ」という意味だ。
赤い地平線へキラキラ沈んでいく夕日。
これがマグレブの夕日か。
マグレブの黄金なのか。
列車の影は楽しげに荒野を走り抜けていく。

・・・で。
夕映えの中を走破して。
着いてみたらば、真っ暗け。
もう夜だった。
宿探し、面倒くさいなと思っていたところ
「ぼく、宿屋の客引きなんだけど?」
と若い男に声をかけられた。
その男の子が・・・可愛かったのだ!
今思い出しても、モロッコにいた2週間の中で彼が一番可愛い坊やだった。
別に下心があったわけじゃないけどさ。
おばちゃんもねえ、可愛い子には弱いのよ。
一も二もなくついていく。
その坊やが宿屋の客引きのほかにガイドの紹介なんかもやっていて
翌日がっぽりボラれたことは、ちょっと忘れることにしている。
以前、友達とこんな会話をかわしたことがある。
「へえモロッコに行くの? どんなとこ?」
「町が迷路みたいにややこしいらしいよ。みんな迷子になるんだって」
すると友達は笑って言った。
「あんたはどこででも道に迷うから、おんなじやろ!」
ぜんぜん、違う!
私はたしかに迷うのが得意だ。
ひょっとしたら天才かもしれない。
でも、今まではどんなに迷っても平気だった。怖くなかった。
なんとかなるだろうと思っていた。
だけどモロッコの迷路は、違う!
初めて訪れたモロッコのメディナ(旧市街)。
フェズ・エル・バリ。
3秒で迷子。
そのまんま餓死。
いや、それくらいすごい巨大迷路だったのだ。
まがりくねった細い道。
細くて暗くて、狭い道。
両側の壁が倒れてきそう。
無数の小路が血管のように入り組んで、
広がったりつながったり、行き止まったりしているのだ。
そこを大勢の人々が流れていく。
大荷物を抱えたおじさんが歩いていく。
子供が走る。
物乞いが座りこむ。
早歩きのおばあちゃんに抜かされる。
通勤ラッシュ・市場ラッシュはけっこうすごい!
いっぱいに荷を積んだロバが通ると道はふさがれ、身を横にしなければ通り抜けられない。
それは生きた迷路だった。
なんとたくさんの道だろう。
なんとたくさんの人だろう。
私は迷路にとじこめられた。
人と道とにとじこめられた。
見上げれば空も狭かった。
砂色の古い壁にはさまれ、細くのぞいているだけだ。

窮屈そうな空を見上げて私は窒息しそうになった。
ひょっとすると閉所恐怖症の気があるのかもしれない。
出口がなくて苦しくて、そのへんのひとに道をきいたら、たまたま絨毯屋だった。
あやうく買わされるところだった。
「へえモロッコに行くの? どんなとこ?」
「町が迷路みたいにややこしいらしいよ。みんな迷子になるんだって」
すると友達は笑って言った。
「あんたはどこででも道に迷うから、おんなじやろ!」
ぜんぜん、違う!
私はたしかに迷うのが得意だ。
ひょっとしたら天才かもしれない。
でも、今まではどんなに迷っても平気だった。怖くなかった。
なんとかなるだろうと思っていた。
だけどモロッコの迷路は、違う!
初めて訪れたモロッコのメディナ(旧市街)。
フェズ・エル・バリ。
3秒で迷子。
そのまんま餓死。
いや、それくらいすごい巨大迷路だったのだ。
まがりくねった細い道。
細くて暗くて、狭い道。
両側の壁が倒れてきそう。
無数の小路が血管のように入り組んで、
広がったりつながったり、行き止まったりしているのだ。
そこを大勢の人々が流れていく。
大荷物を抱えたおじさんが歩いていく。
子供が走る。
物乞いが座りこむ。
早歩きのおばあちゃんに抜かされる。
通勤ラッシュ・市場ラッシュはけっこうすごい!
いっぱいに荷を積んだロバが通ると道はふさがれ、身を横にしなければ通り抜けられない。
それは生きた迷路だった。
なんとたくさんの道だろう。
なんとたくさんの人だろう。
私は迷路にとじこめられた。
人と道とにとじこめられた。
見上げれば空も狭かった。
砂色の古い壁にはさまれ、細くのぞいているだけだ。

窮屈そうな空を見上げて私は窒息しそうになった。
ひょっとすると閉所恐怖症の気があるのかもしれない。
出口がなくて苦しくて、そのへんのひとに道をきいたら、たまたま絨毯屋だった。
あやうく買わされるところだった。
巨大迷路はもう懲りた。
田舎へ行こう。
きれいな空気を吸いにいこう。
そう思いついてバスに乗り、シャウエンという町へ行ってみた。
バスはがたごと揺れながら山道をのぼり、急なカーブを曲がりきると、パッと明るい町にでた。
白く明るい。
小さな町だ。
可愛い町だ。
山のひだに隠された隠れ里のよう。
喧騒のカイロと巨大迷路の町フェズのあとで訪れたこのシャウエンは、すばらしく美しい町だった。
地中海沿岸を思わせる、白と青の世界(いや地中海行ったことないけどさ)。

陽が傾くと、シャウエンの青は深くなるようだ。
幻想的な青と白のコントラスト。
なんてメルヘンチックな景色なのだ。
まるで深い湖のような、
鍾乳洞にいるような、
雪と氷でできているかのような、寒さ。
そうなのだ。
寒いのだ。
ものすごく。
みぞれまじりの雨まで降って。
旅先で降られると悲しいものだ。
そのうえ寒いときたもんだ。
みじめな気分で帰ってくると、宿のおっちゃんが
「これは恵みの雨、3ヵ月ぶりの雨なんだよ。
今年は雨が少なくて困ってたんだ。
モロッコは今ハッピーだ」
とにこにこして言った。
私はものすごくアンハッピーな気分だったが、口には出せなかった。
「明日を楽しみにしていなさい。
山には雪が積もるだろう」
と彼は言った。
田舎へ行こう。
きれいな空気を吸いにいこう。
そう思いついてバスに乗り、シャウエンという町へ行ってみた。
バスはがたごと揺れながら山道をのぼり、急なカーブを曲がりきると、パッと明るい町にでた。
白く明るい。
小さな町だ。
可愛い町だ。
山のひだに隠された隠れ里のよう。
喧騒のカイロと巨大迷路の町フェズのあとで訪れたこのシャウエンは、すばらしく美しい町だった。
地中海沿岸を思わせる、白と青の世界(いや地中海行ったことないけどさ)。

陽が傾くと、シャウエンの青は深くなるようだ。
幻想的な青と白のコントラスト。
なんてメルヘンチックな景色なのだ。
まるで深い湖のような、
鍾乳洞にいるような、
雪と氷でできているかのような、寒さ。
そうなのだ。
寒いのだ。
ものすごく。
みぞれまじりの雨まで降って。
旅先で降られると悲しいものだ。
そのうえ寒いときたもんだ。
みじめな気分で帰ってくると、宿のおっちゃんが
「これは恵みの雨、3ヵ月ぶりの雨なんだよ。
今年は雨が少なくて困ってたんだ。
モロッコは今ハッピーだ」
とにこにこして言った。
私はものすごくアンハッピーな気分だったが、口には出せなかった。
「明日を楽しみにしていなさい。
山には雪が積もるだろう」
と彼は言った。
山へつづく道を登ってゆくと、町が眼下にみおろせた。
まるで絵本をひらいたようだ。

ときをつくる鶏の声、犬のワンワン吠える声、赤ん坊の泣き声、鍛冶屋の音、サッカーをする子供達の掛け声。
すべての音が雪をかぶった山に吸い込まれていく。
空気は静かに澄み渡る。
朝日をあびたシャウエンの町は、葉っぱのうえの水滴のように輝いている。
その日の夕方。
宿のウェイターが
「夕日がきれいだよ。見なさい、あの色を」
と空を指さした。
彼の仕事はヒマである。
私しか客がいないのだから当然だが。
日がな一日ドアのところに突っ立って外を眺めていた。
・・・外を。
通りのむこうに広がる緩やかな谷を。
彼はこの景色を毎日眺めているのだけれど、
毎日「美しい」と思っているのだった。
毎日眺めて、それでも飽かない美しさ。
日常に感動できること。
それはとても大事なことに思えた。
「心が洗われる」ってよく言うけれど、
私はシャウエンで肺の中まで洗われた。
エジプトの砂埃をかぶり、フェズの迷路で詰っていたものが、
するどく冴えた山の空気できっぱり洗い清められたようだ。

ただし、しっかり風邪をひいてしまった。
まるで絵本をひらいたようだ。

ときをつくる鶏の声、犬のワンワン吠える声、赤ん坊の泣き声、鍛冶屋の音、サッカーをする子供達の掛け声。
すべての音が雪をかぶった山に吸い込まれていく。
空気は静かに澄み渡る。
朝日をあびたシャウエンの町は、葉っぱのうえの水滴のように輝いている。
その日の夕方。
宿のウェイターが
「夕日がきれいだよ。見なさい、あの色を」
と空を指さした。
彼の仕事はヒマである。
私しか客がいないのだから当然だが。
日がな一日ドアのところに突っ立って外を眺めていた。
・・・外を。
通りのむこうに広がる緩やかな谷を。
彼はこの景色を毎日眺めているのだけれど、
毎日「美しい」と思っているのだった。
毎日眺めて、それでも飽かない美しさ。
日常に感動できること。
それはとても大事なことに思えた。
「心が洗われる」ってよく言うけれど、
私はシャウエンで肺の中まで洗われた。
エジプトの砂埃をかぶり、フェズの迷路で詰っていたものが、
するどく冴えた山の空気できっぱり洗い清められたようだ。

ただし、しっかり風邪をひいてしまった。



