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だだ

Author:だだ
方向音痴で胃腸虚弱で臆病者の旅行好き

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春巻きが食べたくて
突然ですが、明日から、ベトナムに行きます。
ホーチミン行きます。
9日間ほど行ってきます。

ずっと行きたかったんですよベトナム。
ずっと食べたかったんですよ生春巻。

しかし!
問題がひとつ!
・・・体調が悪い。
ものごっつ悪い。
徹底的に胃腸風邪。
生春巻とか書いてるだけで吐き気に襲われます。

さっき病院に行って
 「明日からベトナムなんです。
  春巻食べれるように胃袋を修理してください」
って言ったら、先生に
 「アホか!」
と笑われました。

でも行きます。
死ぬ気でいきます。
いや、死なない。
生きて帰れるその日まで!

・・・熱さえなければ入国できるよね?


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旅日記 | 【2008-01-22(Tue) 11:20:42】 | Trackback:(0) | Comments:(4)
Welcome to Egypt !
「英語で声をかけられたら、スリか詐欺師か、客引きだと思え。」
これは旅行者の常識である。
私たちは常に狙われた鴨なのだ。
だからこそ善意の住人たちに話しかけられると嬉しく感じる。
カタコトの英語であろうと身振り手振りであろうと、
現地の人とのコミュニケーションは忘れられない思い出になるだろう。

だが、この常識がどちらも通用しないのがカイロの町だった。

ホテルから出た瞬間に子供が
 「ハロー!」
ちょっと歩けばオジサンが
 「How are you ?」
ショッピングセンターでエスカレーターに乗っていても、すれ違いざま
 「Welcome to Egypt !」
彼らはスリではない。
客引きでもない。
なんの害意も悪意もない。
ただただ話しがしたいだけ。
ぼへーっとアイスを食べていたら、突然、
目の前30センチのところにおばちゃんの顔が迫ってきて、
 「My name is …」
いきなり自己紹介をはじめられたこともあった。
こちらが呆然としていると
 「あなたに会えて嬉しいわ!」
と去っていく。
フレンドリーもここに極まれり。
いつでも気がつけば数人のエジプト人に取り囲まれている。

・・・この異常な人なつこさは、一体、何?

これが田舎なら分かる。
外国人なんて滅多にこない僻地ならまだ分かる。
だが一大観光王国エジプト、その首都カイロで、どうしてそんなに珍しがられるのだ?
それとも、祭りの期間(ちょうど犠牲祭のシーズンだった)に外国人と出会うと、
良いことでもあるのだろうか?
私達は驚きを通りこして笑ってしまった。

それからすぐにうんざりした。
どこへ行ってもこの調子。
祝日で人が多いことも災いした。
ホテルから出る度に人が寄ってくる。
進めないほどわあわあ集まってくる。
気分はほとんど芸能人。
サインでもしたろか?
インドみたいに物乞いがたかってくるならまだやりようもあるが、
善意の一般民衆が相手ではかえって始末に困るのである。
目的地へ到達するためには、どんどん集まってくる人々を振り切って逃げるしかない。
うつ向いて逃げるように歩く、スターの気持ちも分かるというものだ。

しかも、老若男女がみんな同じことを言ってくるのだから、飽きる。
 「なんて名前?」
 「どこから来たの?」
 「年はいくつ?」
 「結婚してる?」
だんだん答えるのが面倒になって、
 『私の名前は○○です。日本人の○○才、未婚です。
  今からホテルに帰るところ。
  もう誰も話しかけないで』
と書いたプラカードを掲げておこうかと思ったくらいである。

あとで母に言われた。
 「あらまあ、エジプトへ観光に行ったのに、逆に観光されちゃったのね」
・・・笑いごとじゃない。
ハンパな人数ではないのだ。
一度など、10人くらいの男の子の群れに囲まれてほとんど怖かったし、
白昼堂々痴漢してくる変態までいた。
女の子なら安全かと思いきや、いきなり触ったりつねってきたりする。
馬鹿にしたような笑いを浴びせる者もいる。
ナオミはいじられすぎて人ごみ恐怖症にかかるし、
私達はもう、それが彼らの好意なのか悪ふざけなのか見分けがつかなくなっていた。

とは言え、実際はほとんどの人に悪気はないのだろう。
無邪気な人もたくさんいた。
フルーツジュースを飲ませてくれた女の子。
チラシ配りの仕事中に私達と話し込み、上司に叱られたアフマッド少年。
移動遊園地で「写真撮って!」と叫んだ子供たち。
焚き火にあたりにおいでと誘ってくれたおばさん。
 「『友達100人』なんてこの国じゃアッという間だね」
とナオミが言う。
カイロの3日間で、私達は一体何人のエジプト人と名前を名乗りあったことだろうか。

最高だったのは帰りのカイロ空港だ。
女子トイレに入ったら、トイレの清掃係の女の子までが
 「What's your name?」
と話しかけてきたのだ。
19歳のみずみずしい少女シャイメ。
可愛らしい彼女は国際空港という職場で何人の「トモダチ」をつくるのだろうか。


エジプト(2005年) | 【2008-01-20(Sun) 11:07:04】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
些細な話
細かい話なので箇条書きで。

・ ルクソールのアシスタントはクールなハンサムだった。
・ カイロのアシスタントは俳優のチャーリー・シーンに似ていた。
・ なのに日本語ガイドは「MR.ビーン」だった。
  しかも日本語が通じなかった。(日本語ガイドなのに)

・ ある日、レストランで食事していたら、隣のテーブルが日本人観光客だった。
  おばちゃんが「醤油あるで醤油」と回していた。
・ ある日、レストランで食事していたら、隣のテーブルが韓国人の女の子だった。
  「キムチあるでキムチ」と回していた。
・ またある日、隣のテーブルが韓国人団体だった。
  「さあみんな、キムチ食べやー!」
  と、でっかいお皿にあけはじめた。
  ビニールにたっぷり2袋!
  日本人負けたな、と思った。
・ その隣では中国人団体が爆睡していた。

・ 赤紫色のジュースを出された。
  色から判断してグレープジュースかと思われたが、明らかに違った。
   「ケチャップだ・・・」
  とナオミが囁いた。
   「ケチャップを薄めた味だよ、このジュース」
   「ほんまやケチャップや! 激マズ!」
  ガイドさんに訊いたらかの有名なハイビスカス・ジュースだということだったが、
  「ケチャップ味」が頭にこびりついて離れず、結局マズいままで終わった。

・ ツアー客でもガンガン誘ってくるエジプシャンたち。
  とくにナオミはくどかれまくりだった。
  「ラクダ300頭あげるから僕と結婚しよう!」
  そんなんもらってどないするねん。


エジプト(2005年) | 【2008-01-20(Sun) 10:14:38】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
エジプトの浜田?
エジプトの公用語はアラビア語である。
聞いても分かるわけがない。
だが時折、どうにも気になる言葉が聞こえてくるのだ。
 「ハマダ! ハマダ!」
・・・浜田?
頭に浮かぶのはダウンタウンの浜ちゃんの顔ばかり。
だがエジプトの街角に浜ちゃんがごろごろしているわけはないので
そのへんの子に訊いてみたら
 「ハマダじゃないよ、モハメッドだよ!」
と言われた。
やはり聞き違いのようだ。
外国語って難しい。

もうひとつが「ハクナマタタ」。
これは明らかにスワヒリ語である。
なぜ、エジプト人がしょっちゅうハクナマタタの話をしているのだろう。
『ライオンキング』のファンなのか?
と思ったら、これもぜんぜん違った。
 「ハクナマタタ?
  そりゃ、ケーキの名前だよ!」
私達の耳にも入ってくるくらい有名なケーキ・ハクナマタタ。
「ノープロブレム」という意味のハクナマタタ。
・・・どんなケーキだろう。
ちょっと怖い。


エジプト(2005年) | 【2008-01-20(Sun) 10:12:18】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
ミイラに会う
ルクソールの博物館で1人。
カイロ博物館で10人くらい。
ミイラに会ってきた。

ミイラとは、早い話が人間の干物である。
ふさふさと残る白い髪の毛、燻製みたいに硬く皺だらけになった茶色の肌。
ぼろぼろの指先。
体は包帯に巻かれていても、
かつては生身の人間だったことを証明するかのような、はっきりとした目もと。
今にも声をあげそうな半開きの口。
・・・とっても怖い。
私は思わず手を合わせ、「南無阿弥陀仏」と唱えてしまった(怒られるかも)。

彼らは昔、王様だった。
トトメス2世、ラムセス2世、セティ1世、などなど、
歴史に名を刻んだそうそうたるファラオたち。
偉大な業績を残した人々。
ところが彼らの墓は暴かれ、盗まれ、現代になってまた発掘され、
彼らのミイラは今や・・・見世物である。
またもや失礼な言い方だけれど。
ケースに入れられ「陳列」されて、入場料をとってみんなに見物されている。
 「まさか日本人の私らに見られることになるとは、思ってなかったやろな」
とナオミが言った。
なんだか不憫で、お布団かけて顔をかくしてあげたい気持ちになってしまう。

そんな彼らが、息をしたり話したり、食べたり飲んだり結婚したり戦争したりして、
生きていたのは3千年以上も前の話である。
3千年!
なんて途方もない時間だろう。
3千年、ミイラになった彼らはずっとここで死に続けているのだ。
変な言葉だし、死者に対して失礼だと分かってはいるが、
でもそう思ってしまった。
死に続けていると。
死後の復活を信じていた彼らの魂は、冥界の楽園に蘇ったかもしれない。
でも肉体はこのままだ。
天に昇らず、
土に帰らず、
大いなる川に流れてもいかず、
ずっとずっと永遠に近い時間を留まり続けている。
・・・永遠。
恐ろしい言葉である。
彼らが信じていたように、いつか復活の日がくることを祈ろう。

ちなみに、怖いせいか言葉すくなに通りすぎながらも、ナオミは
 「『足の人差し指が長い人は出世する』っていうけど、
  偉大な人たちのミイラはみんな人差し指が親指より長かったよ」
と、妙に細かいところをチェックしていた。


エジプト(2005年) | 【2008-01-19(Sat) 18:08:48】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
こんなふうに見えましたエジプト壁画
私は遺跡が大好きだ。
古いものと向き合うときは過去に思いをはせてみる。

だけど気楽に友達と、わいわい喋りながら「観光客モード」でいると、
エジプトの壁画もこんなふうに見えてしまうのだった。

ヘイ、タクシー!


あっち向いてホイ!


立ちブリッジ


繁栄の髪・ミン様


愛してるんだ


エジプト(2005年) | 【2008-01-18(Fri) 18:06:24】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
ルクソールの文字たち
エジプトへ着いて最初の2日間はルクソールで過ごした。
有名な「王家の谷」のある町だ。
南北に流れるナイル川によりそって、豊かな緑地帯が細長く広がっているが、
そのすぐむこうは荒れ果てた砂漠。
サトウキビ畑の向こうは埃で白くかすみ、幻のような砂の断崖が立ちはだかっている。
その断崖に穿たれた穴に、ラムセスやツタンカーメンという名前の、大昔のファラオ達が眠っていたのだ。

墓の内部にはびっしりと絵や文字が描きこまれてあった。
墓だけではない。
ルクソール神殿、カルナック神殿、メディネト・ハブ神殿などを巡ったが、
これも壁といわず柱といわず、天井に至るまでびっしりと、絵や文字が描きこまれている。
もう、ぎゅうぎゅう詰め。
『古代エジプト人は空間恐怖症だった説』に一票入れたい。

凄いのは、これが絵だけでなく、文字だということだ。
「言葉」だということだ。
言葉は人の心を直接伝える道具である。
たとえ形式的な文書でも、天国へいくための呪文でも、その役割は変わらない。
文字は彼らの声を伝える。
すべてが砂に埋もれ、人々が死に絶えても、
石に刻まれた文字は話しつづけている。
時には大きな声で、時にはひそひそ声で、
古い古い彼らの言葉で、
昔むかしの彼らの声で、
低周波の超音波みたいに、耳には聞こえないけど確実に話し続けている。
3千年たった今でも尚。
そしてこれからも永遠に。


エジプト(2005年) | 【2008-01-17(Thu) 18:06:16】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「観光旅行」がしたい
2005年。
この年は楽しい「旅行」がしたかった。
前年のインド・ネパール一人旅は、とても考えさせられたが、とても疲れる旅だったのだ。
たまにはツアーに参加して、ガイドさんに案内してもらい、
食事も行き先も人任せな楽ちん「旅行」もいい。
友達と笑いながら。

ということで、今回はめずらしく一人旅じゃない!
相棒がいた。
それがナオミだ。
彼女は私と正反対。
ナオミはA型、私はB型。
ナオミが元気なとき、私は寝ている。
ナオミが凹んでるとき、私は凸んでいる。
ナオミは英語をしゃべるが、私はジェスチャーで怒鳴る。
共通点といえば背が低いのと方向音痴なことくらいだろうか。
・・・ろくな共通点じゃない。
だが私が遺跡と猫しか目に入らないとき、彼女は町の人間を視ていた。
私がガイドの話を聞いているとき、彼女はアシスタントの顔を観ていた。
私には見えないたくさんのことがナオミの目には見えていた。
2人だと、見えるものは2倍になる。
旅は2倍に広がってゆくのだ。
 

エジプト(2005年) | 【2008-01-17(Thu) 12:17:35】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
ゴハンあげるよ
猫をぼんやり見ていたら、
 「猫が好きなのかい?
  コルカタは猫の町だよ!」
通りがかりのおじちゃんに言われた。
 「ほらこっち、来てみな」
おじちゃんについてちょっと路地を折れると、細かい猫が何匹もいた。

小さい子たち

 「君の猫?」
って子供にきいたら微妙な顔で
 「ゴハンあげてるの」
みたいなことを言った。

ごはんもらった

バラナシでは小犬にビスケットをあげたら
 「それ腐ってるの?」
とか
 「犬にやるくらいなら俺にくれ」
とか言われたりしたんで、この光景は、ちょっと、ほっとした。
 

ネパール・インド | 【2008-01-17(Thu) 11:56:24】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
何してんの?
大都会コルカタ。
分りやすい名はカルカッタ。
そこに挙動不審な猫がいた。

路駐のバイクを

くんくん
くんくん
くんくん
くんくん

嗅ぎまくってた。

コルカタの猫

10分くらいずっと見てたけどずっと嗅いでた。

なんかイイ匂いすんの?

(コルカタ/インド)

ネパール・インド | 【2008-01-16(Wed) 10:27:09】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
タメルの朝
観光客のたまり場・タメル。
雑多な人種でごったがえす町を、黒い影がすり抜けていく。
椅子とテーブルの隙間、靴と靴の隙間、
英語とドイツ語と日本語とネパール語の隙間を、小さな影が走ってく。
猫が走ってすり抜ける。

靴のあいだを駆け抜ける

 「誰かゴハンくれー!」

(カトマンズ/ネパール)


ネパール・インド | 【2008-01-16(Wed) 09:45:06】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
お好み焼きを食べに
私は関西の人間なので
 「広島焼きが食べたい」
と言ったら、広島のひとに叱られた。
 「違うよ、あれは『お好み焼き』!
  広島のほうが本場じゃけん!
  大阪のが『大阪焼き』なの!」
なにおぅ!
と思ったが、始めれば命に関わる闘いなのでやめておいた。
そんなことより広島のお好み焼きを食べに行こう。
青春18きっぷがまだ残っている。

広島までは6時間ちょっと。
朝早く、居眠りしていた駅員さんを叩き起こしてJRに乗り込む。
三宮あたりで夜が明けた。
姫路から岡山行きの快足に乗ったら、車内の雰囲気がガラリと変わった。
平均年齢が高い!
50代60代ばっかり!
青春18きっぷの客ばっかりなのだ。
気がついたら、私もその輪の中に入ってた。
おじちゃんおばちゃんの話題は主に、畑仕事と戦争と、そして震災の話だった。
 「それで、お姉さんはどこへ行くの?」 
 「いつも一人旅なの?」
そういえば、国内の一人旅は初めてだよ私!

おしゃべりしている間にもさまざまな景色が車窓を通りすぎていく。
家、畑、川、田んぼ。
どんと焼きの準備をする人たち。
どこかの駅では成人式に向かう若者たちを見かけた。
・・・ドレッドヘアにラメ入りの袴!

おじちゃんおばちゃんと別れて更に西へ。
一人になったとたん睡魔におそわれ、うつらうつらしていたら。
突然、青い色が目にとびこんできた。
穏やかにきらめく海。
緑の島影。
尾道だ。

瀬戸内海

途中下車したい衝動にかられたが、私の目標はあくまで「広島焼き」。
否!
広島の「お好み焼き」である。
20年ぶりくらいで来た広島。
お腹がへって倒れそうだったので駅ビル内で食べることにした。
行列のできていた店『麗ちゃん』。
混んでいるせいもあって、せわしない雰囲気ではあったけれど、
おばちゃんたちが優しくしてくれたので助かった。

広島のお好み焼き

野菜たっぷり。
ビタミンたっぷり。
薄くひいた卵の上に野菜炒めのピラミッドを築き、そのうえにクレープのような生地をのせる。
今まで抱いてきた「粉もん」のイメージよりむしろ野菜焼きに近い味だった。
だけど美味しかった!

本当は厳島神社までへ行きたかったのだが、
片道6時間半の日帰りトンボ帰り旅ではそんな時間があるはずもなく、
お好み焼きを食べただけで広島を出る。

そのくせ尾道で降りちゃったよ!
我慢できなかったよ!
大急ぎでラーメンをかきこみ、
尾道ラーメン
(この店、まずかった・・・)

なんとか寺までよじ登って風景をみる。
尾道


商店街を小走りに駆け抜けていく途中で、オバQに出会った。
私が出会った最古のオバQかもしれない。
オバケのQ太郎

昔よくデパートの屋上にあった子供用の乗り物だ。
まだ動くんだろうか?
ちなみに料金は10円らしい。

10エン

走って飛び乗るJR。
正体もなく眠りこけ、無意識のまま乗り換えて、帰りの6時間半はあっという間だ。
家に帰ってドアを開け、
 「ただいま!」
をいうと、ひとりぼっちで留守番していた猫に
 「遅い!」
と、思い切り足を噛まれた。
ごめんよ、あじゃり!
これでも全速力で帰ってきたんだけどな!


国内旅行 | 【2008-01-15(Tue) 12:11:01】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
寝台列車でゆでたまご
3月4日。
ヴァラナシから、寝台列車でコルカタ(カルカッタ)へ行く。
コルカタ以降はバンコクへ、そして日本へと、飛行機のチケットは手配済みだった。
つまり・・・もう、帰り道なのである。
これが最後の陸路移動。

私の居場所は3段ベッドの一番上だ。
よっこらしょとハシゴをのぼると、頭の真横に扇風機があった。
見晴らしがよくてなかなか快適である。
駅へ着くたび、狭い通路をひっきりなしに物売りが行き交う。
 「チャイコフィー、チャイコフィー、チャイコフィー」
歌うように通りすぎていくのは紅茶とコーヒーの売り子だ。
朝ごはんのパンや子供向けのぬいぐるみ、櫛とライターのセットまで売りにくる。
夜には卵売りが来て、同じ列車になった日本人のK君がひとつ買った。
赤く怪しげな塩がふってある。
 「いや、これウマイよ! もみじおろしじゃなくて、もみじ塩」
ピリ辛いゆで卵をもぐもぐやりながら、
 「あーあ、帰るんだよなあ。
  あと何日かで家の風呂に入れて、明太子食えるんだよなあ」
K君はたまらない顔で言った。
彼もコルカタから日本へ帰る予定だった。
二度と戻らぬ青春を賭け、何年にもおよぶ旅をして、帰る列車に乗っていた。

夕暮れの景色が車窓を流れていく。
レンガ塀や小さな家や、藪や森や煙突や、池や田んぼやヤシの木や、犬や牛や人や。
ピンクのサリーのお母さんと、哺乳瓶かかえた子供のむこう。
列車の窓のむこうにインドが流れていく。
世界が流れていく。
そして気づくのだ。
私は旅をしていると。
人はみんな長い旅の途中にあるのだと。
いつかガンガーへ帰るために。
 「チャイコフィー、チャイコフィー、チャイコフィー」
紅茶売りがまた通りすぎていく。
ななめ向かいの席ではアメリカ人の女の子が夕日をじっと眺めている。
彼らはどこへ行くのだろう。
私はどこへ行くのだろう。

 「私はインドがキライだ」
と、そう言いながら4回目のインドだった。
人が多いし、がめついし、汚いし。
でも、あの強烈な魅力には抗うことができないでいる。
きっとまた来てしまうのだろうな。
 

ネパール・インド | 【2008-01-15(Tue) 12:04:15】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
ガルー
ポカラにて。
通りかかった店に猫。
「ガルー」という名の女の子。
しっぽの綺麗な猫さんでした。

ポカラの猫

飼い主の雑貨屋のお父さんは
 「この子、賢いんだよ!
  名前を呼ぶと必ず来るんだ!」
自慢話をエンエンと。
話だしたら止まりません。
・・・どこの国でも親馬鹿はおんなじだわ・・・。

名前は「ガルー」

(ポカラ/ネパール)

ネパール・インド | 【2008-01-14(Mon) 22:22:07】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
猫をさがしに
ネパールでは猫の姿をあまり見かけなかった。
でも夜中にケンカする声が聞こえてきたから、どこか近くにはいるんだろう。

おーい、猫、猫、どこにいる?
猫を探してフラフラとポカラの町をさまよっていたら
 「何を探しているんだ?」
と、呼び止められた。
キョロキョロしながら声の主を探せば、向こうの向こうの建物の、
2階の窓から私を見下ろしているおばあちゃんがいた。
・・・えらい遠いな。
明るい声のおばあちゃんだった。
腕には赤ん坊を抱いている。
 「猫を探しています!」
と叫び返すと、
 「猫? この子も猫みたいなもんだよ!」
おばあちゃんは笑いながら赤ちゃんをゆすって見せた。
遠くてあんまり見えないけれど、きっと顔中に笑い皺が刻まれてるおばあちゃんなのだろうと思った。
それからすぐに、猫に見つけた。

壁のうえで

ちなみに猫は「ビラル」というそうです。

(ポカラ/ネパール)

ネパール・インド | 【2008-01-13(Sun) 09:42:41】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
豊かさ
インドに慣れない私にとって、観光はほとんど闘いだった。
一方的に寄ってきて建物の説明をしてはチップをせびる「勝手にガイド商法」とか。
リクシャーに乗ったら自動的にシルク屋につれていかれる「勝手にお土産屋商法」とか。
まあいろんなのが来るわけだ。

強面の兄ちゃんが数人で取り巻いてきたり、小部屋で説教されたり、
これはほとんど強盗だろうという手口さえあった。
それでも払わなかったけど。
兄ちゃんなんか怖くない。
小部屋に連れ込まれる前に逃げ出せばいいことだ。
はっきりNO!と言えばいい。

本当に辛いのは・・・自分が日本人であることをまざまざと思い出したときだ。
ネパールにしろインドにしろ、あまりにも物価が違うから。
たとえばサイクルリクシャーに
 「ゴードリヤーまで20ルピーは高いよ。15にして」
と値切るとき。
父ほどの年齢の男がため息まじりに
 「いいよ15で」
と妥協するとき。
そして彼が薄いサンダルを踏みしめ、汗水たらして自転車をこぐ、その力強いふくらはぎを見ながら、
 「15ルピーって40円くらいかなあ」
と計算するとき。
つい考えてしまうのだ。
日本人の私は、退屈な仕事を一日こなすだけで彼の必死な労働の何倍もの給料をもらえる。
これはどうしてもおかしいんじゃないだろうか。
たまたま豊かな国に生まれたからと、仕方がないのだと、私にはどうしても思えないのだ。
お金っていったい何なのだ。

たとえば物乞い。
はだしの小さな女の子に出会ったとき。
黒ずんだスカートをはいて、手に赤ん坊を抱いて、もう片方の手を一生懸命のばして観光客にすがりつく。
 「マダム、マダム、プリーズ」
ぼさぼさの頭をふりたてて懇願されたとき。

私は、彼らの一人に小銭をあげたら最後、どんなことになるのか知っている。
我も我もと物乞いたちは、まるで亡者のように増え群がり、襲いかかってくるのだ。
彼らはたくさんいるのだから。
彼らはそれをを生業にしているのだから。

もうひとつ知っていることがある。
幸か不幸か、物乞いの多くは私より背が低い。
子供や老人や障害者が多いからだ。
だから顔を上げてまっすぐ歩けば、彼らは視界に入ってこない。
そうすれば向こうもあきらめて寄ってきはしない。

でも、それでいいのか。
問いかける自分が、自分の中にもう一人いる。
目をそらしたまま何も見ないまま、歩き続けることはできない。
だって私達の目は、見るためについているのだから。
たとえ何もできないと知っていても。
 

ネパール・インド | 【2008-01-12(Sat) 18:45:26】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
万引きする牛
インドでは、白牛は神の使いと言われ、大事にされている。
そのせいだろうか。
インドはとにかく牛だらけ!
町のどこにでも牛がいた。
駅の改札の中でも、
市場のど真ん中でも、
道路の中央分離帯でも。
どこででも、牛が寝てる。
ぐうぐう寝てる。
ひかれてもきっと気づかずに寝てる。
道路が急に渋滞したら、それはたいてい「牛待ち」だ。

邪魔だよアンタ


牛が八百屋に盗みに入る。
通りがかりのフリをして、こっそり野菜を万引きしていく。
店番の少年にひっぱたかれても、いつのまにやら舞い戻り、今度はトマトをかじってる。
 「何しとるねんボケ!」
しまいには棍棒で追い回されている。
・・・聖なる白い牛。

日本人にとって、インド人の考えることはミステリアスなところがあるが、
インドの牛もやっぱりミステリアスである。
町を闊歩する牛たちはインド人と同じようにワイルドでタフでしたたかだ。
私たち「飼いならされた人間」の目には、インドのむちゃくちゃな力強さが眩しいのだろう。
 

ネパール・インド | 【2008-01-11(Fri) 17:52:31】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
ガンジス川
熱気あふれる市場を通り抜けると、行く手に幅広い川がみえた。
午後の光をうけてキラキラ輝いている。

聖なるガンガー


聖なるガンガー。
ガンジス川のことだ。
 「死体と汚物が並んでぷかぷか浮いている」
 「あまりの汚さに、コレラ菌でさえ3時間しか生きられないそうだ」
えげつない話ばかり聞かされていたのだが、カトマンズの真っ黒な川の後だったので、
 「なんや、案外、きれいやん」
というのが最初の感想だった。
だけど・・・きれいとか、きたないとか、そんな尺度では測れないものだということにやがて気がつくのだ。

聖なるガンガーを舟でゆく。
川岸の火葬場では遺体が荼毘に付されている。
炎と煙がごうごうと空へ昇ってゆく。
一人の人間の体が燃やされ灰になってゆく。
だがインド人遺族は涙もなく見守っている。
周囲では子供や犬が無邪気に走りまわっている。
ヤギたちが遺体から落ちたオレンジ色の花飾りをおいしそうにむさぼり食べている。

燃え尽きた灰は、ガンガーへと流される。
漆黒の灰。
暗い川へと流れてゆく。
その灰が沈むひまもなく、すぐ下流では人々が日々の洗濯物を洗っている。
世界一暗いこの川で、Tシャツやパンツをじゃぶじゃぶと洗う。

火葬場の隣りは沐浴場である。
聖なるガンガーで沐浴すればすべての罪が清められるのだ。
国中のヒンズー教徒が続々と集まってくる。
祈りを捧げる男がいる。
乳房はだけて水へもぐる老婆がいる。
そして世界一清らかなこの川で、普通にシャンプーしているおじさんもたくさんいる。

夜にはプージャーと呼ばれる礼拝が行われる。
川面に花を浮かべ、火を点す。
祈りの火は、川岸のお祭りさわぎなど知らぬげに、静かに静かに水面を漂う。
・・・ああ。
また、火である。
火葬場の火と。
祈りの火と。
ガンガーは夜ごと人間のつくる赤い火に彩られている。

ガンガーの営みをじっとみつめながら、水の色を表現してみようと何度思ったことだろう。
だけどダメだった。
たった3日や4日では、あの色を言葉にすることはできない。

黒と緑。
茶色と砂色。
空のブルーと雲の白。
オレンジの花。
赤い顔料。
泡だつ波しぶき。
混沌。
カオス。
すべての色をまぜあわせた絵の具の水入れ。
生と死。
聖と俗。
祈りと現実。
すべてがぐちゃぐちゃに混ざっていっしょくたに水にのみこまれ、流されてゆく。
大いなるガンガーを朝日が照らす。
そうしてまた新しい一日がはじまる。

沐浴


ここではいつでも死というものについて考えざるを得ない。
輪廻とか宗教のことはわからない。
ただ、火葬場の、どことなく金臭い、黄色い煙を身体に浴びる。
パチパチ薪のはぜる音。
ポン!・・・という破裂音。
生々しい、生々しすぎてここには書けないほどだ。
人はあんなになってしまうものなのだ。

それはケニアで感じたことと対をなしていた。
アフリカの大自然の中で、死は必要なもの、当然なもの、大地にかえることだった。
土からうまれた人間は、死んで土にかえる。
そしてまた土からうまれてくるのである。

だがヴァラナシでは、人間はリサイクルされない。
死んだら一定方向に流れていくのだ。
ガンガーの一部になって流れていく。
川の流れが留まらないように、私達もまた留まらない。
かたちを変えて。
流れてゆく。
流れてゆく。
次の生にむかって。
次の死にむかって。

そんなふうに感じながら、指先をガンガーの流れに浸してみる。
色名不明な流れの水に。
ちょっと冷たい。
  「そう! ガンガーの水は聖なる水。
   妊婦と赤ん坊と蛇にかまれた人は火葬にできないし、 そのまま流すからときどき浮かんできちゃうんだけど、それでも汚くなんかない!
   GOOD WATERなんだ!
   この水に触れれば心まできれいになるんだよ!
  ボクと一緒に沐浴しようじゃないか!」
船頭のおっさんが嬉しげに言った。
そして得々と、ヒンズー卑猥語講座を始めたのであった。
・・・おっさん、自分こそガンガーに清めてもらってこい!

ネパール・インド | 【2008-01-10(Thu) 20:05:19】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
バイクに乗って
クマリに会えたし。
ヒマラヤも見た。
次は陸路でインドを目指そう。

ネパール南端、国境に近い町で宿をとる。
近所にはルンビニというブッダが生まれた聖地があった。

残念ながらルンビニそのものは
 「あ、そう」
で終わる程度の観光地だった。
遺跡も石柱もちょっとピンとこない。
かすかに残る足跡を指差して、
 「これがブッダの足跡だ!」
と言われても、そんなん、絶対ウソやん。

ほどほどに観光を終えた6時すぎ。
聖園のゲートをくぐって町へ戻るバスを待つ。
小さなチャイ屋でおばちゃん達とおしゃべりしながら。
 「へーえ、日本から来たのかい」
 「ルンビニは気に入ったかね」
 「バス? ああ、もうじき来るだろう」
 「あと5分くらいかね」
地元民のいうことだから信用して待ち続けた。
あと5分。
あと5分。
あと5分。
チリリリン、とサイクルリクシャー(自転車タクシー)がベルを鳴らして私を呼んだ。
 「あんた馬鹿だなあ、バスなんか来るわけないよ。6時までで終わりなんだから」
なんだとお!
また騙しやがったな!
 「バザールまで行けば町へいくバスがあるだろうがね」
ということで、リクシャーに乗ってバザールのバス停へ向かうことにした。
半袖で寒がっていたら、運ちゃんがぼろぼろのジャケットを貸してくれた。

ネパールの夜は早い。
日が沈むとソッコーで夜がやってくる。
電気があまりないから、6時半くらいで閉めてしまう店も多いのだ。
バザールも店じまい。
町へのバスは何台か来るものの、殺人的に混みあっている。
 「これは乗れないなあ」
運ちゃんがぼそりと呟いたとき、救いの神様があらわれた。
サラリーマンのおじさんで、
 「町へいくの?」
自分もバイクで町に帰るところだから、乗せていってあげるよ、と言う。
そのへんのおっちゃんにすぎなかったけど、私にとっては神様だった。
だって彼は
 「お金? 要らないよ。ただの人助けだよ」
と言ったのである。

私はヒッチハイクはやらない主義だし、
向こうから声をかけてくるのはたいてい悪いやつだという先入観をもっている。
だが、この時ばかりは救われた。
本当にタダで送ってくれたのである。
しかも自分の家よりはるかに遠い、私のホテルまで。
 「ありがとう、あなたのことは一生忘れない!」
って言うとおじさんは照れて後ろを向いた。

夜、それも半袖でバイクの風に吹かれる乗るのは、哀れなほど寒かったけど。
なにしろ宿へ帰れるのだ。
心底ありがたかった。

牛やヤギの群れを器用によけながら走り、
バイクは1時間ほどかけてスノウリの町へむかった。
時折、集落を通りかかると、ぽつぽつと赤い火が見えた。
電気が通っていないらしい。
暗闇に浮かび上がる小さなロウソクの炎。
火とはあんなに赤く、あったかいものなのだと思った。
戦い滅ぼしバスを焦がすのも、人間を火葬にするのも、この町の灯りも。
同じ火なのだ。
2500年の昔、ブッダとその弟子達も、ああやって火を囲んでいただろうか。
夜空をみあげれば、細い月のまわりを小さな星たちが取り巻いていた。

夕暮れの中、少年僧が駆けていくルンビニ
 

ネパール・インド | 【2008-01-09(Wed) 23:37:17】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
遺体を火葬した灰を川に流すのはガンジス川の専売特許かと思っていたが。
そうじゃないらしい。
カトマンズのパシュパティナート寺院で火葬場を見た。

パシュパティナート寺院


たくさんの人が見守る中、白い煙があがっている辺りへ行ってみると。
ちょうど燃え尽きたらしい。
寺男が、一山の灰をざあざあ流し始めた。
ホウキで流し。
水で流し。
それでも残った灰を・・・足で蹴り込む!
キック、キック!
おらおら落ちんかい!
乱暴な火葬もあったもんだ。
ホトケ様を足蹴にするおっさんの表情は淡々としている。
流す先は、毎度おなじみ真っ黒な、ドブ川。
言語を絶するほどの汚いヘドロ川である。
ペットボトルや紙くず、ビニール袋なんかが山のように浮かんでいる。
中州の岩には野生のサルがちょこなんと座り、うんこをしている。
そこへ流された、元・人間の灰は、見る間に黒い流れへとのみこまれていった。
人間って、こんなに何もなくなってしまうものか。
とても儚いキモチになった。

ネパール・インド | 【2008-01-09(Wed) 16:33:37】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
エベレストを見た
カトマンドゥは煙っている。
穏やかな朝の霧に、
リクシャーがけたてる砂埃と排ガスのなかに、
カトマンドゥは煙っている。
・・・私の旅も煙っている。
ここまで何しに来たのだろうか?
ヒマラヤを見ずには帰れない!

ポカラでもキルティプルでもヒマラヤを拝めなかった私は、
最後の手段でマウンテン・フライトに申し込むことにした。
小型飛行機でひとっとび、エベレストを見にいくのだ。
かなりの値段で、清水の舞台からとびおりる覚悟がいった。

予約のとき
 「フライトの2時間前、朝6時には空港に到着しておくように」
と言われた。
だから、そのとおりに行ったのだ。
朝の6時に。
そしたら。
空港、閉まってた。
まだ真っ暗で、鍵かかってて、寒くて一人ぼっちで寂しくて、なんか馬鹿みたいだった。
凍えながら30分以上待っていたら、ようやくドアを開けにきた空港職員に、
 「何してんの?」
ってきかれた。
ますます馬鹿みたいだ。

そのうえ、開いたら開いたで予約したフライトがキャンセルになっていた。
そんなアホな!
泣きそうになっていたら、同じ便を予約していたアメリカ人が
 「そんなアホなことがあるか!」
と怒鳴ってかけあって、他の便に振り替え交渉をやってくれた。
しかも半額かえってきた。
人間、七転八起、頼りになるのはごつい白人である。

ブッダ・エアー

飛行機はブッダ・エアー。

これが世界の最高峰、エベレストだ!・・・多分!違ってたらごめん


エベレスト・・・なのか?

ネパール・インド | 【2008-01-09(Wed) 11:05:09】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
カトマンズ再び
再びやってきたカトマンズ。
お世辞にも綺麗とは言えないけど、面白くてごちゃごちゃしてて、どこか懐かしい町だ。

カトマンズの町並み
(カトマンズの町並み)

がたがたの舗装道路にレンガの溝。
黒ずんだ建物がならび、両側から路地を圧迫するさまはまるで魚眼レンズをのぞいているかのよう。
太陽は高い屋根をすりぬけてうすく差し込む。
一条の光が照らし出すのは、もうもうたる砂煙。
自転車とテンプーの流れ。
クラクションをぶっぱなしながらのろのろ走る車たち。
四辻では、大きな菩提樹がすすけて太い幹をのばし、なんとか息を吸おうと枝を広げている。
根元には必ずお堂がある。
赤く染まった神がいる。
その神を拝みながら通りすぎてゆく人の流れがある。
サリーを着た娘さん。
水汲みにいく子供達。
地べたに座り込んで小物を売る老人。

いちど八百屋のおばさんが、店先を掃いているのを見かけた。
シャッ! シャッ! シャッ! シャッ!
ホウキが砂嵐を巻き起こす。
あまりの砂に……清めているのか、商品に砂をかけているのか。
店先のカリフラワーは真っ黒になっていた。

さて、カトマンズではぜひ会いたかった人がいる。
「生き神」クマリ。
女神が宿り、大きな魔力をもつという少女のことだ。
大きな赤い館に住み、人々から崇められ、恐れられ、祭りの主役をつとめて、
初潮を迎えると次の人と交代する。
そんな神聖な少女だから、私のようなしょうもない旅人がフラリと行って会えるわけがない。
と、思っていたら
 「1回100ルピーね」
商売かよ。
これもお布施というもんだろうか。
 「クマリ! お顔を見せてくださいよ」
係員が呼ぶと、彼女は重いとばりの向こうから、チラリと顔をのぞかせた。
物憂げな表情が美しく、まさに聖少女。
・・・では、ない。
そんなんじゃなかった。
呼ばれたクマリは、ひょいっと窓辺へとびのった!
春風みたいにさわやかな身のこなし。
6才の女の子。
そのものだ。
無邪気な顔の目にくまどり、細身に赤い服を着て。
でも自分の仕事を知っている。
そんな目だった。
西日をうけた木彫りの窓にあらわれた、みずみずしい生き神クマリ。
彼女はこれからどんな人生を歩むのだろうと思った。

クマリの館
(クマリのあらわれた窓)

ネパール・インド | 【2008-01-08(Tue) 21:54:23】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
真っ黒こげのバス
ポカラには3、4日いたけど、ずっと天気が悪いままのであえなく退却することにした。

2月26日早朝。
やっと昇りはじめた金色の太陽が、ターミナルに入ってきたバスを照らしだした。
わあっという歓声と安堵のざわめきがバスターミナルに満ちた。
 「バス、来ましたね!」
 「これでカトマンズに帰れるんですね」
 「よかったよかった」
私は一緒にお茶をのんでいた旅行者達と共に立ち上がる。

カトマンズへ向かうバス


カトマンズ行きのバスが出るかどうか、ぎりぎりまで判らなかったのは、ストのせいである。
ストライキ。
日本の春闘みたいに可愛いものじゃなく、
マオイスト(反政府組織)が武器をもって暴れる。
ほとんど内戦だ。
チトワンでもポカラでも軍隊が厳しい警戒を敷いていたが、
前日の25日もカトマンズ-ポカラ間でローカルバスが爆破されたという。 
 「スト中なのにバスを出した」
というのが攻撃の理由。
バスに乗るのも命がけだ。
ただ、マオイストは外国人は狙わないから、ツーリストバスなら大丈夫だという。
運転手は
 『 Tourist Only 』
でかでかと書いた紙をフロントガラスに貼り出した。
 「これで安全だ!」
安全だと言われても、昨日爆破されたバスと同じ路線を行くのはちょっと怖い。
 「無事にカトマンズまで着けばいいけど……」

ストのせいで交通量は少ないようだったが、かわりにたくさんの検問があった。
ライフルを担いだ軍人がバスに乗り込み、乗客全員の顔をたしかめていく。
それでも「危ないから行くな」と言われたのだろうか。
運転手は時々、ケンカ腰で係員とやりあっていた。

そして、カトマンズまであと101キロ。
マナカマナを過ぎたところで。
丸焦げのバスを見た。
昨日、爆破されたバスに違いない。
真ん中から見事に凹んで、踏んづけられたミニカーのよう。
上半分が真っ黒に、カリカリに焦げている。
(乗客は爆破前にバスを降ろされて無事だった)
車窓に流れる黒焦げバスを見送って、私達は言葉も出なかった。

だが、昨日そんな事件があったせいで警備が強化されたのかもいしれない。
おかげで何事もなくカトマンズに到着したのだった。

・・・余談。
マオイストは外国人を狙わない、というのはこの時までの幻想だった。
私が日本に帰って数日のうちにカトマンズの外国人の溜まり場・タメル地区で爆発事件が発生している。
世の中にもはや安全な土地なんてない。

軍隊が行く




ネパール・インド | 【2008-01-08(Tue) 14:07:02】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
ヒマラヤの見えなかったポカラ
頭は痛いわ咳は止まらないわ、しまいに熱まで出てくるわ・・・。
それでもバスチケットを買ったあとだったので、
仕方なく風邪ひきずってポカラにやってきた。

ポカラはヒマラヤの麓にある町だ。
山と湖が美しい。
空気も水も澄んだ風光明媚な田舎である。

町を歩けばおばちゃんが、気さくに声をかけてくる。
 「葉っぱ~葉っぱ!
  ガンジャはいらんかね?
  マリファナだよ。どうだい!?」
・・・いえ、けっこうです。

路地を歩けば兄ちゃんが、陽気に声をかけてくる。
 「Do you like ×××? With me!」
陽気だ。
陽気すぎる。
ラリラリである。
しかし彼らはラリっていないときでも××な言語でナンパしてきた。
もうちょっと情緒的な言語を覚えてほしいところである。

小さな子供まで葉っぱ巻きの仕事を手伝っていたポカラ。
あとでこんな話を聞いた。
 「ポカラって登山客が多いだろう?
  登山って体力的にキツいから、みんなガンジャに頼るんだよ。
  あれを使うとすごく楽に登れる。
  僕が山で出会った人はほとんど、一度はガンジャをやっていた」
ほんまかなあ!?
もちろん私はやりませんよ。
そんなお金もありませんが。

登山もガンジャもやらないが、私も一度くらいヒマラヤは拝みたいと思った。
そのためにポカラへ来たのだ。
ポカラではヒマラヤの美しい山並みが間近に見えると聞いて、それはそれは楽しみにしていた。
楽しみにしていたのだが!
何、この雨!
そして、霧!
ヒマラヤどころか裏山だって見えやしない。


ネパール・インド | 【2008-01-08(Tue) 13:31:23】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
象に乗ってサイを見下ろす
カトマンズはまたあとで楽しむことにして。
ツアーに参加することにした。
バスで6時間、目指すはチトワン国立公園、虎も棲むという鬱蒼たるジャングルだ。

チトワンのウリはなんといっても、象の背中に乗ってのジャングル・サファリ。
緑したたる森の中、象はどんなジープも入れない獣道をのっしのっしと分け入っていく。

象ライド


・・・むっちゃ揺れるから写真なんか撮れない。

やがてワニの棲む川をざぶざぶと渡り、

川をわたる


サイに出会ってガンをとばされる。

サイの顔


  「見て!サイよ!」
  「すごいね!」
  「感動~!」
わあわあ言ってる人間を尻目に、象は勝手におやつタイムに突入していた。

サイに出会う


仕事中に食うな!
しかも食べはじめると長いんだ、象さんて。
のんびりゆっくり、まいりましょう。

ちなみにチトワンの宿は国立公園の中にあった。
宿の裏には、すぐ象小屋。
動物園の中に泊まっているような馥郁たる象の芳香にみちていた。
道を歩けば、象の糞。
だけどそのかわり、朝もやの中を悠々と歩いていく象の出勤風景とかも普通にみられるのだ。

象の通勤風景

象はきれいな生き物だと思った。

サファリはとても素晴らしかった。
大自然の美しさに鳥肌がたつ。
感動のあまり吐き気がする。
寒気も感じる。
・・・というか、寒い。
寒いぞ。
熱でてきたぞ、私。

せっかくのチトワンで、風邪をひいて寝込んでしまったのだ。
  「えっ、大丈夫か?」
  「薬はあるのか?」
同じロッジのイギリス人が心配してくれるのはありがたいのだが、
ぺらぺらとまくしたてられる英語は頭痛を悪化させるだけであった。


ネパール・インド | 【2008-01-07(Mon) 21:08:07】 | Trackback:(0) | Comments:(2)
カトマンズ点描
野良犬。
野良牛。
野良ヤギ、野良ブタ、野良のサル。
カトマンズはネパールの首都だと聞いていたが、無秩序な放し飼い動物園であった。

だが、この町でヤギを見つめていはいけない。
宿の向かいにつながれているヤギさん、可愛いなあ、なんて見ていたら、翌朝には解体されて店先で晒し首にされていたりするからだ。

また、歩き疲れたとき
『Star Cafe』
なんてオシャレな看板を見つけても、お茶でも飲もうと店を覗いてはいけない。
実はそこも肉屋で、大柄な兄ちゃんたちが血まみれの修羅場でナタをふるい、ヤギをばらしている最中だったりするからだ。
どこがカフェなのだか教えてくれ、ヤギよ。

橋の上から見渡せば、猪だか豚だか分からないブーブーファミリーが、真っ黒などぶ川を一族郎党ひきつれて渡っているのが見える。

カトマンズのぶーぶーファミリー


体を真っ黒に汚しながらゴミの山をあさっている。
更によく見れば、真っ黒な人間が同じ山をあさっており、何かのきれっぱしを巡って豚ファミリーと闘っていたりする。
・・・頑張れ、人間。
心の中で励ましながら町を歩く。

そして野良豚よりも多いのが、神様の数。
道の辻には数多くの神様がまつられている。

カミさま


信心深いなあと思っていたら、お供えといっしょにゴミまで混ざっていた。
ゴミがお供えされたのか、
お供えが食べられたのか、
・・・どっちだろう。

カトマンズ、なかなかおもしろい町である。



ネパール・インド | 【2008-01-07(Mon) 18:01:40】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
とりあえずカトマンズ
2004年。
ネパールからインドにかけて旅をした。
いい加減な旅だった。
なんにも考えちゃいなかった。
何を見たいとか何をしに行くとか、それどころかどこへ行くというあてもない、
計画性0の旅だった。

あ、違う。
最初はインドに行きたかったのだ。
ビザも取っていた。
だがバンコクの旅行会社でインド行きの航空券を頼んだところ、
 「インドは売りきれだが、ネパールならすぐとれるよ」
と言われた。
それで
 「まあ、いいか」
って思いながらネパールに飛んだ。
いい加減な旅だった。

それほど、なんの考えもないままに。
とりあえずカトマンズに着いた。
とりあえずビザをとって、とりあえず入国審査。
とりあえず機内預けの荷物を受け取って、
・・・えええ!
バッグ全開!
ファスナー全開!
うっわ壊れた!

大騒ぎしていると空港職員が近寄ってきた。
 「どうしたんだ?」
 「どうしたもんこうしたも、バッグこじ開けられて、盗まれたよ!」
 「何を盗まれた?」
何だろう?
荷物を詳しくチェックすると、驚愕の事実が明らかになった。
 「何も盗まれてないみたい」
金目のものが入っていなかったので、盗りようがなかったのだろうか。
しかも安物ゆえの幸か不幸か、ファスナーはすぐに直った。

空港職員はほがらかに笑って、
 「それは良かったな! だがネパール人として恥ずかしい限りだ。
  お詫びに宿を紹介しよう」
と言った。
それはお詫びじゃなくて客引きというのだ。
まあ宿探しも面倒なのでお世話になっておこう。
ついでにご飯もおごってもらっちゃおう。
ネパール人ってけっこういい人かもしれない。


ネパール・インド | 【2008-01-07(Mon) 17:53:15】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
オレの猫
ウズベキスタンで
 「あなたの猫ですか?」
ってきいたら、必ず
 「うん、オレの猫」
って返ってきた。
いつもどこでも
 「うん、オレの猫」
・・・かなり適当感ただよう返事である。

オレの猫

ムスリムは猫を大事にする。
どこにいっても「オレの猫」が多いのはいいことかもしれない。

(ブハラ・・・?/ウズベキスタン)

ウズベキスタン | 【2008-01-07(Mon) 16:30:49】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
ラビハウズのそばで
 「耳はつまんじゃイヤ~ン♪」

耳はつまんじゃイヤ~ん


・・・ってお嬢さん、すごい色のお洋服ですね。


(ブハラ/ウズベキスタン)

ウズベキスタン | 【2008-01-07(Mon) 16:27:15】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
お家に入れてぇ!
旅するときはいつも、言葉の壁に悩まされている。
英語・ロシア語・ウズベク語。
何言ってるんだかぜんぜんわからん!

だけど猫の言葉だけは世界共通。
早朝のヒヴァで出会った猫さんが、何を訴えているのかすぐに分った。

の


猫は叫んでた。
 「お家に入れてぇ!」
すっごい叫んでた。
うちの猫の声と、ちょっと、似ていた。

お家に入れてぇ!

すると目の前のドアが開いて、黒い髭をはやしたお父さんが
  「おまえ、うるさいねん。
   早く入れ!」
と言った。
ウズベク語だけど、絶対、そう言ってたと思う。

(ヒヴァ/ウズベキスタン)

ウズベキスタン | 【2008-01-07(Mon) 16:13:54】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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