とら。
メス猫。
1981〜2001年

猫が人と暮らし始める場合、いろんな始まり方があると思う。
捨てられていたところを拾った、友人宅で生まれたのをもらった、ペットショップで買ってきた、など。
とらの場合は、自分でやってきた。
あれは、忘れもしない小学1年生の秋。
朝、私たちを起こしにきた母が言った。
「静かにしてね!静かに、下に下りてみて。
台所に、すごい、いいものがあるから・・・」
私と妹はわくわくしながら階段を降りていった。
「何があるの?ドーナツ?」
「違うよ」
「じゃあ、プリン?」
「もっといいもの!」
母は嬉しげだ。
台所で私たちを待っていたいいものは、子猫だった。
生後1ヵ月くらいだっただろうか。
テーブルにちょこんと乗っかり、お皿からハムエッグを食べている。
びっくりして歓声をあげると、こっちを向いてニャアと挨拶したが、また黙々と食べ物の方へ戻った。
母が連れてきたわけではない。
捨てられたばかりの子猫が食べ物のほしさに勝手にうちに入ってきたのだ。
・・・つまり、食べていたのは私たちの朝ゴハン・・・。
こうして我家に最初の猫が棲みついたのが、1980年の秋。
それは、一番下の妹・優子がうまれた年だった。
とらと優子はいっしょに育った。
一人と一匹は鳴き声がよく似ていて、あれは優子が泣いているのだろうか、それとも猫だろうかと悩むほどだった。
とらはお姉さんぶって、優子を大事にした。
優子が病気のときは、部屋に入らないでガマンしていたし、
そうでないときは、優子の足元で眠った。
赤ん坊を見に来た客を怒って威嚇するということもあった。
とらは、狩人で勇ましい、人間に対しては狂暴な雌猫だった。
人に触られるのを極度に嫌い、なでようとすると血が出るくらい強くかみつく。
だが決して、優子には爪一本ふれることのないよう気をつけていた。
とらがまだ若かった頃、裏庭にコロという名の犬がいた。
心のやさしい穏やかな犬で、自分に近づきすぎない限り、とらはこの犬も可愛がった。
コロもとらを慕っていた。
雷の日など、コロを屋内に入れてやると、犬と猫はなんとなく見つめあったりして、
親しげにおしゃべりしていたようだ。
だがコロは、フィラリアであっけなく逝った。
しばらくの間、とらはひどく気を落とし、主をなくした犬小屋に寝ていた。
2匹目の猫・アンジーがやって来たときは、パニックを起こした。
家のなかに自分以外の猫がいるなんて許せない!
なにしろ、それまでとらは家でたった一匹の猫で、女王様扱いだったのだ。
しかもアンジーはもう赤ちゃんとは呼べない大きさになっていた。
2匹の猫が仲良くなるには時間がかかった。
たくさんケンカもしたが、なんとか共存できるようになってきた、その矢先、
アンジーは事故に遭い、派手に逝ってしまった。
またしても若者に先に逝かれてしまったとらは、このあと一気に老け込んだ。
人を恋しがるようになり、あんなに嫌いだった抱っこをいやがらなくなった。
かみつくどころか、甘えるようになった。
ケンカ相手がいなくなって、さびしかったんだろう。
3匹目の猫・あじゃりが来たとき、とらはもう16才になっていた。
相手が目が開いたばかりの赤ん坊だと知ると、びっくりしはしても、パニックは起こさなかった。
いやな顔をしても、いじめたりはしなかった。
それどころか、よその猫がテリトリーに入ってこないよう目を光らせはじめ、
弱いくせに強気のケンカをしかけて追い払うこともあった。
あじゃりが少し大きくなると、ゴハンを先に食べさせてやったりもした。
それなりに可愛がり、保護者ぶっていたようだ。
それでも、子猫が少し成長すると、またちょっと変わった。
・・・ゴハンの順番が変わった。
絶対に、とらが先。
子猫がお皿に手を出そうものなら、物凄くうなって追い払う。
叱られた子猫は、しょぼんとして座っている。
だが、あじゃりはオス猫だ。
どんどん大きくなる。
逆にとらは、トシのせいでどんどん小さく縮んでいく。
体格差は2倍以上になったが、
それでも力関係は不思議なくらい変わらない。
いつだって、とらはあじゃりより偉いのだ。
とらが声を荒げて怒ると、でかいオス猫のあじゃりは、子猫に戻って素直に従う。
お皿の前でしょぼんと座って待っている。
強くて凛々しいメス猫・とらは、ちょうど20年生きた。
晩年には体が小さくしぼんでいたが、そのかわり、
なにものをもってしても動じない岩のような(妖怪のような)威厳がそなわっていた。
とらは病気と闘って死んだ。
いっぱいの花とハムエッグを添えて庭に埋めてやった。
食いしん坊のとらが、我が家にはじめてやって来た日に食べたハムエッグを思い出したからだ。
出会いと別れのハムエッグ。
とらの食欲を示す話がもうひとつある。
とらが死んで数時間、夜が明けた頃。
母は、お墓に入れる花を切っていた。
「ふっと振り向くとね、とらが、すーっと歩いていくのが見えたの」
念のため言っておくが、これはとらが死んだ翌朝の話である。
「台所の方から和室にむかって、歩いてきたの」
台所は、とらにとって「ゴハンのある所」、
和室は「ゴハンをおねだりする所」である。
「和室でゴハンもらおうと思って歩いてきたんやろか。
ここ何日も食べてなかったから、お腹すいてたんやろうねえ 」
と母は続ける。
「でも、ごはんのお皿、空やってん。せっかく出てきはったのに、かわいそうに。
何か入れておいてあげればよかった 」
死してなお、食にこだわる妖怪とら子。
旅路の果てには、きっと美味しいものがたくさんあるに違いない。
思う存分食べて、私達のいくのを待ってておくれ。
メス猫。
1981〜2001年

猫が人と暮らし始める場合、いろんな始まり方があると思う。
捨てられていたところを拾った、友人宅で生まれたのをもらった、ペットショップで買ってきた、など。
とらの場合は、自分でやってきた。
あれは、忘れもしない小学1年生の秋。
朝、私たちを起こしにきた母が言った。
「静かにしてね!静かに、下に下りてみて。
台所に、すごい、いいものがあるから・・・」
私と妹はわくわくしながら階段を降りていった。
「何があるの?ドーナツ?」
「違うよ」
「じゃあ、プリン?」
「もっといいもの!」
母は嬉しげだ。
台所で私たちを待っていたいいものは、子猫だった。
生後1ヵ月くらいだっただろうか。
テーブルにちょこんと乗っかり、お皿からハムエッグを食べている。
びっくりして歓声をあげると、こっちを向いてニャアと挨拶したが、また黙々と食べ物の方へ戻った。
母が連れてきたわけではない。
捨てられたばかりの子猫が食べ物のほしさに勝手にうちに入ってきたのだ。
・・・つまり、食べていたのは私たちの朝ゴハン・・・。
こうして我家に最初の猫が棲みついたのが、1980年の秋。
それは、一番下の妹・優子がうまれた年だった。
とらと優子はいっしょに育った。
一人と一匹は鳴き声がよく似ていて、あれは優子が泣いているのだろうか、それとも猫だろうかと悩むほどだった。
とらはお姉さんぶって、優子を大事にした。
優子が病気のときは、部屋に入らないでガマンしていたし、
そうでないときは、優子の足元で眠った。
赤ん坊を見に来た客を怒って威嚇するということもあった。
とらは、狩人で勇ましい、人間に対しては狂暴な雌猫だった。
人に触られるのを極度に嫌い、なでようとすると血が出るくらい強くかみつく。
だが決して、優子には爪一本ふれることのないよう気をつけていた。
とらがまだ若かった頃、裏庭にコロという名の犬がいた。
心のやさしい穏やかな犬で、自分に近づきすぎない限り、とらはこの犬も可愛がった。
コロもとらを慕っていた。
雷の日など、コロを屋内に入れてやると、犬と猫はなんとなく見つめあったりして、
親しげにおしゃべりしていたようだ。
だがコロは、フィラリアであっけなく逝った。
しばらくの間、とらはひどく気を落とし、主をなくした犬小屋に寝ていた。
2匹目の猫・アンジーがやって来たときは、パニックを起こした。
家のなかに自分以外の猫がいるなんて許せない!
なにしろ、それまでとらは家でたった一匹の猫で、女王様扱いだったのだ。
しかもアンジーはもう赤ちゃんとは呼べない大きさになっていた。
2匹の猫が仲良くなるには時間がかかった。
たくさんケンカもしたが、なんとか共存できるようになってきた、その矢先、
アンジーは事故に遭い、派手に逝ってしまった。
またしても若者に先に逝かれてしまったとらは、このあと一気に老け込んだ。
人を恋しがるようになり、あんなに嫌いだった抱っこをいやがらなくなった。
かみつくどころか、甘えるようになった。
ケンカ相手がいなくなって、さびしかったんだろう。
3匹目の猫・あじゃりが来たとき、とらはもう16才になっていた。
相手が目が開いたばかりの赤ん坊だと知ると、びっくりしはしても、パニックは起こさなかった。
いやな顔をしても、いじめたりはしなかった。
それどころか、よその猫がテリトリーに入ってこないよう目を光らせはじめ、
弱いくせに強気のケンカをしかけて追い払うこともあった。
あじゃりが少し大きくなると、ゴハンを先に食べさせてやったりもした。
それなりに可愛がり、保護者ぶっていたようだ。
それでも、子猫が少し成長すると、またちょっと変わった。
・・・ゴハンの順番が変わった。
絶対に、とらが先。
子猫がお皿に手を出そうものなら、物凄くうなって追い払う。
叱られた子猫は、しょぼんとして座っている。
だが、あじゃりはオス猫だ。
どんどん大きくなる。
逆にとらは、トシのせいでどんどん小さく縮んでいく。
体格差は2倍以上になったが、
それでも力関係は不思議なくらい変わらない。
いつだって、とらはあじゃりより偉いのだ。
とらが声を荒げて怒ると、でかいオス猫のあじゃりは、子猫に戻って素直に従う。
お皿の前でしょぼんと座って待っている。
強くて凛々しいメス猫・とらは、ちょうど20年生きた。
晩年には体が小さくしぼんでいたが、そのかわり、
なにものをもってしても動じない岩のような(妖怪のような)威厳がそなわっていた。
とらは病気と闘って死んだ。
いっぱいの花とハムエッグを添えて庭に埋めてやった。
食いしん坊のとらが、我が家にはじめてやって来た日に食べたハムエッグを思い出したからだ。
出会いと別れのハムエッグ。
とらの食欲を示す話がもうひとつある。
とらが死んで数時間、夜が明けた頃。
母は、お墓に入れる花を切っていた。
「ふっと振り向くとね、とらが、すーっと歩いていくのが見えたの」
念のため言っておくが、これはとらが死んだ翌朝の話である。
「台所の方から和室にむかって、歩いてきたの」
台所は、とらにとって「ゴハンのある所」、
和室は「ゴハンをおねだりする所」である。
「和室でゴハンもらおうと思って歩いてきたんやろか。
ここ何日も食べてなかったから、お腹すいてたんやろうねえ 」
と母は続ける。
「でも、ごはんのお皿、空やってん。せっかく出てきはったのに、かわいそうに。
何か入れておいてあげればよかった 」
死してなお、食にこだわる妖怪とら子。
旅路の果てには、きっと美味しいものがたくさんあるに違いない。
思う存分食べて、私達のいくのを待ってておくれ。

