初めての旅は大変だ。
何から何まで大変だ。
旅立つ前から大騒ぎ。
何を持っていけばいいのか、見当がつかない。
とりあえずスーツケースが必要だ。
だが店頭にはさまざまなスーツケースが無数にならび、どれを買ったらいいか分らない。
お店の人に相談してみた。
「ご旅行は、何日のご予定ですか?」
「9日間です。エジプトなんです」
「では、これなど如何でしょう」
見せられたのは、とびきり巨大なスーツケース。
いくらなんでもデカすぎる。
自分よりデカいんじゃないか。
実際、数年後にはこのスーツケース一つに3人分の荷物を入れてもまだ余ったくらいである。
「ちょっと大きくないですか?」
さすがに驚いて尋ねると、店員は慇懃な口調で
「でもエジプトだと、なにかと荷物も多くなると思いますよ」
と答えた。
何にも知らない初心な私は、素直に「そんなものかも」と思ってしまった。
こうしてまんまと高価な巨大スーツケースを買わされたのであった。
次は荷造りだ。
ハワイやグアムならともかく、エジプトなんかまだ世界の果てだと思われていた時代のことだ。
「懐中電灯とか、いるんやろか」
「外国の食べ物はマズイから、缶詰も持って行ったほうが、ええんと違うか」
出発の一週間も前から思案していた。
そこへ母が
「T先生はエジプトに何度も行っているらしい」
と聞きつけて来た。
T先生というのは私のかかりつけのお医者さんである。
先生はどっしりと椅子に腰かけて、大きな声で教えてくれた。
「向こうの水は体に悪いから、飲み物をたくさん持っていかないとダメだよ。
水とか、缶のお茶とか、ジュースとかね」
信頼のおける先生が言うんだから間違いない。
それで、その通りにした。
巨大なスーツケースの半分に、お茶や缶ジュース、水のボトルなどをギュウギュウ詰めに押し込んだのである。
最後まで悩んだのは、服だった。
エジプトは南国だ。
旅行会社からは「半袖で十分」と言われていた。
だが、頭ではわかっているつもりでも、いざ実際に行くとなると「一年中ずっと夏」というのがどうしても信じられないのだ。
……今現在こんなに寒いのに、夏だなんてありえない。本当に半袖で大丈夫なんだろうか。
すると母が言った。
「じゃあ、夏服と冬服、両方持っていったら?」
愚かな私には名案に思えた。
それで、その通りにした。
巨大なスーツケースの残り半分に、セーターやトレーナー、それに半袖のTシャツをギュウギュウ詰めに押し込んだのである。
巨大なスーツケースもさすがに満杯になった。蓋を閉めるのに苦労したくらいである。
エジプトだと荷物も多くなるでしょう、と言った店員の言葉は正しかったのだ。
ともかく準備は整った。
さあて出発、と勢い込んでスーツケースを持ち上げた!
ところが!
……持ち上がらなかった。
缶ジュースと冬服がパンパンに詰まった巨大スーツケースは、自分の体重くらいの重さになっていたのだ。
もちろん、ツアーで飲み物に困るなんてことはないし、南国でセーターが必要なはずがない。
そんなこととは露知らず、私は笑っちゃうくらい巨大なスーツケースをエジプトくんだりまで引きずっていったわけだ。
到着2時間もしないうちに、自分がいかに無駄なものばかり持ってきたかをを知り、愕然とした。
この巨大なスーツケース。
まだ余談がある。
エジプトはアスワンのホテル・オベロイに泊まったときのことだ。
荷物を部屋に運び込む際、チビの私を見つけたポーターが
「2階までお運びしましょう」
とやって来た。
この高級ホテルはなんと一部屋ずつ2階建てになっているのだ。
よせばいいのに彼はスーツケースをえいやっと持ち上げた。
そして思わずよろめきながら、一言、叫んだ。
「Heavy!」
その後さらに私にはわからない言葉で悪態をつきながら、それでもチップ欲しさに頑張り抜き、2階の寝室に運び上げた時には、大の男がふうふう息をきらせていた。
しかし本当に大変だったのは、この翌朝。
バゲージダウンの刻限が迫るにつれ、私は真剣に悩まなければならなかった。
二階に運び上げた巨大スーツケースを、どうやって下ろせばいいものか?
階段を持って降りるには危険すぎる重量だった。
その時には缶ジュースの必要性を見限っていたので、とりあえず捨てた。
ファンタオレンジやウーロン茶、缶コーヒー。捨てるのは惜しかった。
もったいなかった。だが仕方がない。T先生を恨みながら、ぜんぶ捨てた。
それでもまだ重い。
出発の時間は刻々と迫ってくる。
……仕方がない。
こいつを階下に下ろすには、これしかない。
最後の手段だ。
私はスーツケースを、階段の上から、そっと、突き落とした。
何から何まで大変だ。
旅立つ前から大騒ぎ。
何を持っていけばいいのか、見当がつかない。
とりあえずスーツケースが必要だ。
だが店頭にはさまざまなスーツケースが無数にならび、どれを買ったらいいか分らない。
お店の人に相談してみた。
「ご旅行は、何日のご予定ですか?」
「9日間です。エジプトなんです」
「では、これなど如何でしょう」
見せられたのは、とびきり巨大なスーツケース。
いくらなんでもデカすぎる。
自分よりデカいんじゃないか。
実際、数年後にはこのスーツケース一つに3人分の荷物を入れてもまだ余ったくらいである。
「ちょっと大きくないですか?」
さすがに驚いて尋ねると、店員は慇懃な口調で
「でもエジプトだと、なにかと荷物も多くなると思いますよ」
と答えた。
何にも知らない初心な私は、素直に「そんなものかも」と思ってしまった。
こうしてまんまと高価な巨大スーツケースを買わされたのであった。
次は荷造りだ。
ハワイやグアムならともかく、エジプトなんかまだ世界の果てだと思われていた時代のことだ。
「懐中電灯とか、いるんやろか」
「外国の食べ物はマズイから、缶詰も持って行ったほうが、ええんと違うか」
出発の一週間も前から思案していた。
そこへ母が
「T先生はエジプトに何度も行っているらしい」
と聞きつけて来た。
T先生というのは私のかかりつけのお医者さんである。
先生はどっしりと椅子に腰かけて、大きな声で教えてくれた。
「向こうの水は体に悪いから、飲み物をたくさん持っていかないとダメだよ。
水とか、缶のお茶とか、ジュースとかね」
信頼のおける先生が言うんだから間違いない。
それで、その通りにした。
巨大なスーツケースの半分に、お茶や缶ジュース、水のボトルなどをギュウギュウ詰めに押し込んだのである。
最後まで悩んだのは、服だった。
エジプトは南国だ。
旅行会社からは「半袖で十分」と言われていた。
だが、頭ではわかっているつもりでも、いざ実際に行くとなると「一年中ずっと夏」というのがどうしても信じられないのだ。
……今現在こんなに寒いのに、夏だなんてありえない。本当に半袖で大丈夫なんだろうか。
すると母が言った。
「じゃあ、夏服と冬服、両方持っていったら?」
愚かな私には名案に思えた。
それで、その通りにした。
巨大なスーツケースの残り半分に、セーターやトレーナー、それに半袖のTシャツをギュウギュウ詰めに押し込んだのである。
巨大なスーツケースもさすがに満杯になった。蓋を閉めるのに苦労したくらいである。
エジプトだと荷物も多くなるでしょう、と言った店員の言葉は正しかったのだ。
ともかく準備は整った。
さあて出発、と勢い込んでスーツケースを持ち上げた!
ところが!
……持ち上がらなかった。
缶ジュースと冬服がパンパンに詰まった巨大スーツケースは、自分の体重くらいの重さになっていたのだ。
もちろん、ツアーで飲み物に困るなんてことはないし、南国でセーターが必要なはずがない。
そんなこととは露知らず、私は笑っちゃうくらい巨大なスーツケースをエジプトくんだりまで引きずっていったわけだ。
到着2時間もしないうちに、自分がいかに無駄なものばかり持ってきたかをを知り、愕然とした。
この巨大なスーツケース。
まだ余談がある。
エジプトはアスワンのホテル・オベロイに泊まったときのことだ。
荷物を部屋に運び込む際、チビの私を見つけたポーターが
「2階までお運びしましょう」
とやって来た。
この高級ホテルはなんと一部屋ずつ2階建てになっているのだ。
よせばいいのに彼はスーツケースをえいやっと持ち上げた。
そして思わずよろめきながら、一言、叫んだ。
「Heavy!」
その後さらに私にはわからない言葉で悪態をつきながら、それでもチップ欲しさに頑張り抜き、2階の寝室に運び上げた時には、大の男がふうふう息をきらせていた。
しかし本当に大変だったのは、この翌朝。
バゲージダウンの刻限が迫るにつれ、私は真剣に悩まなければならなかった。
二階に運び上げた巨大スーツケースを、どうやって下ろせばいいものか?
階段を持って降りるには危険すぎる重量だった。
その時には缶ジュースの必要性を見限っていたので、とりあえず捨てた。
ファンタオレンジやウーロン茶、缶コーヒー。捨てるのは惜しかった。
もったいなかった。だが仕方がない。T先生を恨みながら、ぜんぶ捨てた。
それでもまだ重い。
出発の時間は刻々と迫ってくる。
……仕方がない。
こいつを階下に下ろすには、これしかない。
最後の手段だ。
私はスーツケースを、階段の上から、そっと、突き落とした。

