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だだ

Author:だだ
方向音痴で胃腸虚弱で臆病者の旅行好き

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エベレストを見た
カトマンドゥは煙っている。
穏やかな朝の霧に、
リクシャーがけたてる砂埃と排ガスのなかに、
カトマンドゥは煙っている。
・・・私の旅も煙っている。
ここまで何しに来たのだろうか?
ヒマラヤを見ずには帰れない!

ポカラでもキルティプルでもヒマラヤを拝めなかった私は、
最後の手段でマウンテン・フライトに申し込むことにした。
小型飛行機でひとっとび、エベレストを見にいくのだ。
かなりの値段で、清水の舞台からとびおりる覚悟がいった。

予約のとき
 「フライトの2時間前、朝6時には空港に到着しておくように」
と言われた。
だから、そのとおりに行ったのだ。
朝の6時に。
そしたら。
空港、閉まってた。
まだ真っ暗で、鍵かかってて、寒くて一人ぼっちで寂しくて、なんか馬鹿みたいだった。
凍えながら30分以上待っていたら、ようやくドアを開けにきた空港職員に、
 「何してんの?」
ってきかれた。
ますます馬鹿みたいだ。

そのうえ、開いたら開いたで予約したフライトがキャンセルになっていた。
そんなアホな!
泣きそうになっていたら、同じ便を予約していたアメリカ人が
 「そんなアホなことがあるか!」
と怒鳴ってかけあって、他の便に振り替え交渉をやってくれた。
しかも半額かえってきた。
人間、七転八起、頼りになるのはごつい白人である。

ブッダ・エアー

飛行機はブッダ・エアー。

これが世界の最高峰、エベレストだ!・・・多分!違ってたらごめん


エベレスト・・・なのか?

ネパール・インド | 【2008-01-09(Wed) 11:05:09】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
遺体を火葬した灰を川に流すのはガンジス川の専売特許かと思っていたが。
そうじゃないらしい。
カトマンズのパシュパティナート寺院で火葬場を見た。

パシュパティナート寺院


たくさんの人が見守る中、白い煙があがっている辺りへ行ってみると。
ちょうど燃え尽きたらしい。
寺男が、一山の灰をざあざあ流し始めた。
ホウキで流し。
水で流し。
それでも残った灰を・・・足で蹴り込む!
キック、キック!
おらおら落ちんかい!
乱暴な火葬もあったもんだ。
ホトケ様を足蹴にするおっさんの表情は淡々としている。
流す先は、毎度おなじみ真っ黒な、ドブ川。
言語を絶するほどの汚いヘドロ川である。
ペットボトルや紙くず、ビニール袋なんかが山のように浮かんでいる。
中州の岩には野生のサルがちょこなんと座り、うんこをしている。
そこへ流された、元・人間の灰は、見る間に黒い流れへとのみこまれていった。
人間って、こんなに何もなくなってしまうものか。
とても儚いキモチになった。

ネパール・インド | 【2008-01-09(Wed) 16:33:37】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
バイクに乗って
クマリに会えたし。
ヒマラヤも見た。
次は陸路でインドを目指そう。

ネパール南端、国境に近い町で宿をとる。
近所にはルンビニというブッダが生まれた聖地があった。

残念ながらルンビニそのものは
 「あ、そう」
で終わる程度の観光地だった。
遺跡も石柱もちょっとピンとこない。
かすかに残る足跡を指差して、
 「これがブッダの足跡だ!」
と言われても、そんなん、絶対ウソやん。

ほどほどに観光を終えた6時すぎ。
聖園のゲートをくぐって町へ戻るバスを待つ。
小さなチャイ屋でおばちゃん達とおしゃべりしながら。
 「へーえ、日本から来たのかい」
 「ルンビニは気に入ったかね」
 「バス? ああ、もうじき来るだろう」
 「あと5分くらいかね」
地元民のいうことだから信用して待ち続けた。
あと5分。
あと5分。
あと5分。
チリリリン、とサイクルリクシャー(自転車タクシー)がベルを鳴らして私を呼んだ。
 「あんた馬鹿だなあ、バスなんか来るわけないよ。6時までで終わりなんだから」
なんだとお!
また騙しやがったな!
 「バザールまで行けば町へいくバスがあるだろうがね」
ということで、リクシャーに乗ってバザールのバス停へ向かうことにした。
半袖で寒がっていたら、運ちゃんがぼろぼろのジャケットを貸してくれた。

ネパールの夜は早い。
日が沈むとソッコーで夜がやってくる。
電気があまりないから、6時半くらいで閉めてしまう店も多いのだ。
バザールも店じまい。
町へのバスは何台か来るものの、殺人的に混みあっている。
 「これは乗れないなあ」
運ちゃんがぼそりと呟いたとき、救いの神様があらわれた。
サラリーマンのおじさんで、
 「町へいくの?」
自分もバイクで町に帰るところだから、乗せていってあげるよ、と言う。
そのへんのおっちゃんにすぎなかったけど、私にとっては神様だった。
だって彼は
 「お金? 要らないよ。ただの人助けだよ」
と言ったのである。

私はヒッチハイクはやらない主義だし、
向こうから声をかけてくるのはたいてい悪いやつだという先入観をもっている。
だが、この時ばかりは救われた。
本当にタダで送ってくれたのである。
しかも自分の家よりはるかに遠い、私のホテルまで。
 「ありがとう、あなたのことは一生忘れない!」
って言うとおじさんは照れて後ろを向いた。

夜、それも半袖でバイクの風に吹かれる乗るのは、哀れなほど寒かったけど。
なにしろ宿へ帰れるのだ。
心底ありがたかった。

牛やヤギの群れを器用によけながら走り、
バイクは1時間ほどかけてスノウリの町へむかった。
時折、集落を通りかかると、ぽつぽつと赤い火が見えた。
電気が通っていないらしい。
暗闇に浮かび上がる小さなロウソクの炎。
火とはあんなに赤く、あったかいものなのだと思った。
戦い滅ぼしバスを焦がすのも、人間を火葬にするのも、この町の灯りも。
同じ火なのだ。
2500年の昔、ブッダとその弟子達も、ああやって火を囲んでいただろうか。
夜空をみあげれば、細い月のまわりを小さな星たちが取り巻いていた。

夕暮れの中、少年僧が駆けていくルンビニ
 

ネパール・インド | 【2008-01-09(Wed) 23:37:17】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
ガンジス川
熱気あふれる市場を通り抜けると、行く手に幅広い川がみえた。
午後の光をうけてキラキラ輝いている。

聖なるガンガー


聖なるガンガー。
ガンジス川のことだ。
 「死体と汚物が並んでぷかぷか浮いている」
 「あまりの汚さに、コレラ菌でさえ3時間しか生きられないそうだ」
えげつない話ばかり聞かされていたのだが、カトマンズの真っ黒な川の後だったので、
 「なんや、案外、きれいやん」
というのが最初の感想だった。
だけど・・・きれいとか、きたないとか、そんな尺度では測れないものだということにやがて気がつくのだ。

聖なるガンガーを舟でゆく。
川岸の火葬場では遺体が荼毘に付されている。
炎と煙がごうごうと空へ昇ってゆく。
一人の人間の体が燃やされ灰になってゆく。
だがインド人遺族は涙もなく見守っている。
周囲では子供や犬が無邪気に走りまわっている。
ヤギたちが遺体から落ちたオレンジ色の花飾りをおいしそうにむさぼり食べている。

燃え尽きた灰は、ガンガーへと流される。
漆黒の灰。
暗い川へと流れてゆく。
その灰が沈むひまもなく、すぐ下流では人々が日々の洗濯物を洗っている。
世界一暗いこの川で、Tシャツやパンツをじゃぶじゃぶと洗う。

火葬場の隣りは沐浴場である。
聖なるガンガーで沐浴すればすべての罪が清められるのだ。
国中のヒンズー教徒が続々と集まってくる。
祈りを捧げる男がいる。
乳房はだけて水へもぐる老婆がいる。
そして世界一清らかなこの川で、普通にシャンプーしているおじさんもたくさんいる。

夜にはプージャーと呼ばれる礼拝が行われる。
川面に花を浮かべ、火を点す。
祈りの火は、川岸のお祭りさわぎなど知らぬげに、静かに静かに水面を漂う。
・・・ああ。
また、火である。
火葬場の火と。
祈りの火と。
ガンガーは夜ごと人間のつくる赤い火に彩られている。

ガンガーの営みをじっとみつめながら、水の色を表現してみようと何度思ったことだろう。
だけどダメだった。
たった3日や4日では、あの色を言葉にすることはできない。

黒と緑。
茶色と砂色。
空のブルーと雲の白。
オレンジの花。
赤い顔料。
泡だつ波しぶき。
混沌。
カオス。
すべての色をまぜあわせた絵の具の水入れ。
生と死。
聖と俗。
祈りと現実。
すべてがぐちゃぐちゃに混ざっていっしょくたに水にのみこまれ、流されてゆく。
大いなるガンガーを朝日が照らす。
そうしてまた新しい一日がはじまる。

沐浴


ここではいつでも死というものについて考えざるを得ない。
輪廻とか宗教のことはわからない。
ただ、火葬場の、どことなく金臭い、黄色い煙を身体に浴びる。
パチパチ薪のはぜる音。
ポン!・・・という破裂音。
生々しい、生々しすぎてここには書けないほどだ。
人はあんなになってしまうものなのだ。

それはケニアで感じたことと対をなしていた。
アフリカの大自然の中で、死は必要なもの、当然なもの、大地にかえることだった。
土からうまれた人間は、死んで土にかえる。
そしてまた土からうまれてくるのである。

だがヴァラナシでは、人間はリサイクルされない。
死んだら一定方向に流れていくのだ。
ガンガーの一部になって流れていく。
川の流れが留まらないように、私達もまた留まらない。
かたちを変えて。
流れてゆく。
流れてゆく。
次の生にむかって。
次の死にむかって。

そんなふうに感じながら、指先をガンガーの流れに浸してみる。
色名不明な流れの水に。
ちょっと冷たい。
  「そう! ガンガーの水は聖なる水。
   妊婦と赤ん坊と蛇にかまれた人は火葬にできないし、 そのまま流すからときどき浮かんできちゃうんだけど、それでも汚くなんかない!
   GOOD WATERなんだ!
   この水に触れれば心まできれいになるんだよ!
  ボクと一緒に沐浴しようじゃないか!」
船頭のおっさんが嬉しげに言った。
そして得々と、ヒンズー卑猥語講座を始めたのであった。
・・・おっさん、自分こそガンガーに清めてもらってこい!

ネパール・インド | 【2008-01-10(Thu) 20:05:19】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
万引きする牛
インドでは、白牛は神の使いと言われ、大事にされている。
そのせいだろうか。
インドはとにかく牛だらけ!
町のどこにでも牛がいた。
駅の改札の中でも、
市場のど真ん中でも、
道路の中央分離帯でも。
どこででも、牛が寝てる。
ぐうぐう寝てる。
ひかれてもきっと気づかずに寝てる。
道路が急に渋滞したら、それはたいてい「牛待ち」だ。

邪魔だよアンタ


牛が八百屋に盗みに入る。
通りがかりのフリをして、こっそり野菜を万引きしていく。
店番の少年にひっぱたかれても、いつのまにやら舞い戻り、今度はトマトをかじってる。
 「何しとるねんボケ!」
しまいには棍棒で追い回されている。
・・・聖なる白い牛。

日本人にとって、インド人の考えることはミステリアスなところがあるが、
インドの牛もやっぱりミステリアスである。
町を闊歩する牛たちはインド人と同じようにワイルドでタフでしたたかだ。
私たち「飼いならされた人間」の目には、インドのむちゃくちゃな力強さが眩しいのだろう。
 

ネパール・インド | 【2008-01-11(Fri) 17:52:31】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
豊かさ
インドに慣れない私にとって、観光はほとんど闘いだった。
一方的に寄ってきて建物の説明をしてはチップをせびる「勝手にガイド商法」とか。
リクシャーに乗ったら自動的にシルク屋につれていかれる「勝手にお土産屋商法」とか。
まあいろんなのが来るわけだ。

強面の兄ちゃんが数人で取り巻いてきたり、小部屋で説教されたり、
これはほとんど強盗だろうという手口さえあった。
それでも払わなかったけど。
兄ちゃんなんか怖くない。
小部屋に連れ込まれる前に逃げ出せばいいことだ。
はっきりNO!と言えばいい。

本当に辛いのは・・・自分が日本人であることをまざまざと思い出したときだ。
ネパールにしろインドにしろ、あまりにも物価が違うから。
たとえばサイクルリクシャーに
 「ゴードリヤーまで20ルピーは高いよ。15にして」
と値切るとき。
父ほどの年齢の男がため息まじりに
 「いいよ15で」
と妥協するとき。
そして彼が薄いサンダルを踏みしめ、汗水たらして自転車をこぐ、その力強いふくらはぎを見ながら、
 「15ルピーって40円くらいかなあ」
と計算するとき。
つい考えてしまうのだ。
日本人の私は、退屈な仕事を一日こなすだけで彼の必死な労働の何倍もの給料をもらえる。
これはどうしてもおかしいんじゃないだろうか。
たまたま豊かな国に生まれたからと、仕方がないのだと、私にはどうしても思えないのだ。
お金っていったい何なのだ。

たとえば物乞い。
はだしの小さな女の子に出会ったとき。
黒ずんだスカートをはいて、手に赤ん坊を抱いて、もう片方の手を一生懸命のばして観光客にすがりつく。
 「マダム、マダム、プリーズ」
ぼさぼさの頭をふりたてて懇願されたとき。

私は、彼らの一人に小銭をあげたら最後、どんなことになるのか知っている。
我も我もと物乞いたちは、まるで亡者のように増え群がり、襲いかかってくるのだ。
彼らはたくさんいるのだから。
彼らはそれをを生業にしているのだから。

もうひとつ知っていることがある。
幸か不幸か、物乞いの多くは私より背が低い。
子供や老人や障害者が多いからだ。
だから顔を上げてまっすぐ歩けば、彼らは視界に入ってこない。
そうすれば向こうもあきらめて寄ってきはしない。

でも、それでいいのか。
問いかける自分が、自分の中にもう一人いる。
目をそらしたまま何も見ないまま、歩き続けることはできない。
だって私達の目は、見るためについているのだから。
たとえ何もできないと知っていても。
 

ネパール・インド | 【2008-01-12(Sat) 18:45:26】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
猫をさがしに
ネパールでは猫の姿をあまり見かけなかった。
でも夜中にケンカする声が聞こえてきたから、どこか近くにはいるんだろう。

おーい、猫、猫、どこにいる?
猫を探してフラフラとポカラの町をさまよっていたら
 「何を探しているんだ?」
と、呼び止められた。
キョロキョロしながら声の主を探せば、向こうの向こうの建物の、
2階の窓から私を見下ろしているおばあちゃんがいた。
・・・えらい遠いな。
明るい声のおばあちゃんだった。
腕には赤ん坊を抱いている。
 「猫を探しています!」
と叫び返すと、
 「猫? この子も猫みたいなもんだよ!」
おばあちゃんは笑いながら赤ちゃんをゆすって見せた。
遠くてあんまり見えないけれど、きっと顔中に笑い皺が刻まれてるおばあちゃんなのだろうと思った。
それからすぐに、猫に見つけた。

壁のうえで

ちなみに猫は「ビラル」というそうです。

(ポカラ/ネパール)

ネパール・インド | 【2008-01-13(Sun) 09:42:41】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
ガルー
ポカラにて。
通りかかった店に猫。
「ガルー」という名の女の子。
しっぽの綺麗な猫さんでした。

ポカラの猫

飼い主の雑貨屋のお父さんは
 「この子、賢いんだよ!
  名前を呼ぶと必ず来るんだ!」
自慢話をエンエンと。
話だしたら止まりません。
・・・どこの国でも親馬鹿はおんなじだわ・・・。

名前は「ガルー」

(ポカラ/ネパール)

ネパール・インド | 【2008-01-14(Mon) 22:22:07】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
寝台列車でゆでたまご
3月4日。
ヴァラナシから、寝台列車でコルカタ(カルカッタ)へ行く。
コルカタ以降はバンコクへ、そして日本へと、飛行機のチケットは手配済みだった。
つまり・・・もう、帰り道なのである。
これが最後の陸路移動。

私の居場所は3段ベッドの一番上だ。
よっこらしょとハシゴをのぼると、頭の真横に扇風機があった。
見晴らしがよくてなかなか快適である。
駅へ着くたび、狭い通路をひっきりなしに物売りが行き交う。
 「チャイコフィー、チャイコフィー、チャイコフィー」
歌うように通りすぎていくのは紅茶とコーヒーの売り子だ。
朝ごはんのパンや子供向けのぬいぐるみ、櫛とライターのセットまで売りにくる。
夜には卵売りが来て、同じ列車になった日本人のK君がひとつ買った。
赤く怪しげな塩がふってある。
 「いや、これウマイよ! もみじおろしじゃなくて、もみじ塩」
ピリ辛いゆで卵をもぐもぐやりながら、
 「あーあ、帰るんだよなあ。
  あと何日かで家の風呂に入れて、明太子食えるんだよなあ」
K君はたまらない顔で言った。
彼もコルカタから日本へ帰る予定だった。
二度と戻らぬ青春を賭け、何年にもおよぶ旅をして、帰る列車に乗っていた。

夕暮れの景色が車窓を流れていく。
レンガ塀や小さな家や、藪や森や煙突や、池や田んぼやヤシの木や、犬や牛や人や。
ピンクのサリーのお母さんと、哺乳瓶かかえた子供のむこう。
列車の窓のむこうにインドが流れていく。
世界が流れていく。
そして気づくのだ。
私は旅をしていると。
人はみんな長い旅の途中にあるのだと。
いつかガンガーへ帰るために。
 「チャイコフィー、チャイコフィー、チャイコフィー」
紅茶売りがまた通りすぎていく。
ななめ向かいの席ではアメリカ人の女の子が夕日をじっと眺めている。
彼らはどこへ行くのだろう。
私はどこへ行くのだろう。

 「私はインドがキライだ」
と、そう言いながら4回目のインドだった。
人が多いし、がめついし、汚いし。
でも、あの強烈な魅力には抗うことができないでいる。
きっとまた来てしまうのだろうな。
 

ネパール・インド | 【2008-01-15(Tue) 12:04:15】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
タメルの朝
観光客のたまり場・タメル。
雑多な人種でごったがえす町を、黒い影がすり抜けていく。
椅子とテーブルの隙間、靴と靴の隙間、
英語とドイツ語と日本語とネパール語の隙間を、小さな影が走ってく。
猫が走ってすり抜ける。

靴のあいだを駆け抜ける

 「誰かゴハンくれー!」

(カトマンズ/ネパール)


ネパール・インド | 【2008-01-16(Wed) 09:45:06】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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