困った・・・というハナシでもないが。
一人旅でぶらぶらしていると、ツアーのおばちゃんに呼び止められることがある。
日本人を発見したことに驚いたのか嬉しかったのか、
「あんた日本人? どこから来たの?」
と、ものすごい詰問口調。
「え・・・えと、大阪です・・・」
なぜか弱気に答える私。
「私達は名古屋よ! 近いわね!」
近いか?
「あら他の方は? ひょっとしてお姉さん一人?」
「はい、一人・・・」
「ちょっとちょっと○○さん! この子、一人旅なんだって!」
なぜそこで友達を呼ぶ?
わらわらと寄ってくるおばちゃん軍団。
おっちゃんも多少。
気がつけば囲まれて脱出口を失った私。
「へえ〜一人旅かい」
「すごいのね」
「エライわね」
私は子供か。
初めてのおつかいか。
まあ、おばちゃん達にしてみれば、孫みたいな年の私が一人ふよふよと旅しているのが驚異でもあり、心配でもあり、というところだろう。
やがておばちゃん軍団は一人ひとり私の手を握って
「しっかりね」
「頑張ってね」
励ましつつ去っていかれた。
おばちゃんだけではない。
次の国へのビザ待ちで、バンコクで3日ほど時間をつぶしていた時のことだ。
もう行きたい所もなくなって、予算もなくて、とにかく時間だけをつぶしていた。
あまりに暇だったので、お寺で一日中ボーッとしていたり、詐欺師をからかってみたり、そんなことをしていた時に、トゥクトゥクに乗った若い日本人男性が私とすれ違いざま、
「うわあ、日本人でしょ!
ぼくも日本人です!
頑張ってー!」
と叫びながら通りすぎていったのだ。
・・・頑張れ頑張れって、何を頑張ればよいのでしょうね。
一人旅でぶらぶらしていると、ツアーのおばちゃんに呼び止められることがある。
日本人を発見したことに驚いたのか嬉しかったのか、
「あんた日本人? どこから来たの?」
と、ものすごい詰問口調。
「え・・・えと、大阪です・・・」
なぜか弱気に答える私。
「私達は名古屋よ! 近いわね!」
近いか?
「あら他の方は? ひょっとしてお姉さん一人?」
「はい、一人・・・」
「ちょっとちょっと○○さん! この子、一人旅なんだって!」
なぜそこで友達を呼ぶ?
わらわらと寄ってくるおばちゃん軍団。
おっちゃんも多少。
気がつけば囲まれて脱出口を失った私。
「へえ〜一人旅かい」
「すごいのね」
「エライわね」
私は子供か。
初めてのおつかいか。
まあ、おばちゃん達にしてみれば、孫みたいな年の私が一人ふよふよと旅しているのが驚異でもあり、心配でもあり、というところだろう。
やがておばちゃん軍団は一人ひとり私の手を握って
「しっかりね」
「頑張ってね」
励ましつつ去っていかれた。
おばちゃんだけではない。
次の国へのビザ待ちで、バンコクで3日ほど時間をつぶしていた時のことだ。
もう行きたい所もなくなって、予算もなくて、とにかく時間だけをつぶしていた。
あまりに暇だったので、お寺で一日中ボーッとしていたり、詐欺師をからかってみたり、そんなことをしていた時に、トゥクトゥクに乗った若い日本人男性が私とすれ違いざま、
「うわあ、日本人でしょ!
ぼくも日本人です!
頑張ってー!」
と叫びながら通りすぎていったのだ。
・・・頑張れ頑張れって、何を頑張ればよいのでしょうね。
旅に英語は必要か?
・・・必用だ。
当たり前。
でも不可欠ってほどではないと思う。
英語って案外、通じない。
英語圏じゃなければ一般市民に英語が通じないのは当たり前だし、国によっては空港の職員やホテルマンですらほとんど通じないこともあった。
税関で書類を書こうとしたらウズベク語にロシア語を併記してあるだけで「どうすりゃいいんだ」と途方にくれたりとか。
それにだいたい、インド商人とやり合う時にいちいち
「英語で『馬鹿にするな』ってどう言うんだっけ?」
なんて考えている暇はない。
「えーかげんにせえや、このドアホ!」
とぶちかました方が早いじゃないか。
大抵の場合は気合でなんとかなるものだ。
気合と、もちろん、身振り手振りで。
だが頼りのジェスチャーも国によって違ったりする。
「おいしい!」
と言ったつもりが
「タバコをくれ」
だったり、
「ウィスキーをくれ」
と勘違いされたりする。
「イエス」でも「ノー」でも首を振る国はどこだっけ?
慣れないうちは「どっちやねん!」と腹を立てた記憶がある。
それでもやっぱり英語ができないのは困る。
おまえは英語も話せないのかと軽蔑されることもよくあるし。
オーストラリアの知人が会うたびに
「練習しなさい」
とハッパをかけてくれる。
そういえばラオスで一緒になったおじさんが、
「ぼくはECCに通ってるんだ!
ここの会話は任せてくれ!」
と言うので任せていたら、彼のECC仕込みの英語がおそろしく通じなくて、しまいにホテルの人が私に救いを求めてきた。
アジアでは生半可な文章を話すより単語をならべたサバイバル英語のほうが通じやすかったのだ。
おじさんはずいぶんしょぼくれていた。
帰国したときに
「もっと英語を勉強しておけばよかった」
と思えば、それが習得への道につながるかもしれない。
だけどいつも
「喋れないけど、なんとかなるわ」
で本当になんとかなっちゃうから進まないのだろうな。
結局、私には向上心が足りないらしい。
・・・必用だ。
当たり前。
でも不可欠ってほどではないと思う。
英語って案外、通じない。
英語圏じゃなければ一般市民に英語が通じないのは当たり前だし、国によっては空港の職員やホテルマンですらほとんど通じないこともあった。
税関で書類を書こうとしたらウズベク語にロシア語を併記してあるだけで「どうすりゃいいんだ」と途方にくれたりとか。
それにだいたい、インド商人とやり合う時にいちいち
「英語で『馬鹿にするな』ってどう言うんだっけ?」
なんて考えている暇はない。
「えーかげんにせえや、このドアホ!」
とぶちかました方が早いじゃないか。
大抵の場合は気合でなんとかなるものだ。
気合と、もちろん、身振り手振りで。
だが頼りのジェスチャーも国によって違ったりする。
「おいしい!」
と言ったつもりが
「タバコをくれ」
だったり、
「ウィスキーをくれ」
と勘違いされたりする。
「イエス」でも「ノー」でも首を振る国はどこだっけ?
慣れないうちは「どっちやねん!」と腹を立てた記憶がある。
それでもやっぱり英語ができないのは困る。
おまえは英語も話せないのかと軽蔑されることもよくあるし。
オーストラリアの知人が会うたびに
「練習しなさい」
とハッパをかけてくれる。
そういえばラオスで一緒になったおじさんが、
「ぼくはECCに通ってるんだ!
ここの会話は任せてくれ!」
と言うので任せていたら、彼のECC仕込みの英語がおそろしく通じなくて、しまいにホテルの人が私に救いを求めてきた。
アジアでは生半可な文章を話すより単語をならべたサバイバル英語のほうが通じやすかったのだ。
おじさんはずいぶんしょぼくれていた。
帰国したときに
「もっと英語を勉強しておけばよかった」
と思えば、それが習得への道につながるかもしれない。
だけどいつも
「喋れないけど、なんとかなるわ」
で本当になんとかなっちゃうから進まないのだろうな。
結局、私には向上心が足りないらしい。
一人旅はいくらでも自由がきいて気楽だけれど、
誰かと2人だと、また違う楽しみがある。
母がスポンサーについてくれた時は良いホテルに泊まれたし、
妹は道に迷ったとき頼りになった、
友達とわいわい行くのは最高だ。
2人旅だと見えるものは2倍になる。
1人なら見落とすところを相棒が教えてくれるのだ。
それに同じものを見ても違うリアクションをするし、
失敗したら笑いあえるし、
ボケにはきちんとツッこんでもらえる。
第一、一人旅の食事は侘しいものだ。
旅先でどんなに素晴らしい料理にめぐりあっても
「おいしいね!」
と言い合う相手がいないことほど寂しいことはない。
けれども。
時には裏目に出ることが。
先輩と、先輩の友達と、3人で行ったときのことだ。
メキシコの遺跡を巡る超格安ツアー。
メキシコは遠かった。
ものすごく遠かった。
行きの飛行機の中で、先輩とその友達がケンカしたのである。
・・・帰りならよかったのに。
険悪なまま8日間。
間に立った私はオロオロ。
写真はいつも私が真ん中。
観光どころじゃなかったのだ。
そして迎えた最終日。
博物館での自由時間に、とうとう一人がキレて、ぷいっと姿を消してしまった。
行方不明だ。
ケンカ相手のほうは
「私のせいでいなくなったのでは!」
と泡をくって捜し始めたのだが、私は
「そのうち帰ってくるだろう」
と、呑気に構えていた。
付き合いきれなかった。
彼女が探しまわってるうちに私はぶらぶら歩き回り、おかげで民族楽器の演奏を堪能することができた。
その時に思ったのだ。
・・・一人って、ええなあ。
と。
メキシコ旅行がほとんど記憶に残っていないのは、こんな理由です。
誰かと2人だと、また違う楽しみがある。
母がスポンサーについてくれた時は良いホテルに泊まれたし、
妹は道に迷ったとき頼りになった、
友達とわいわい行くのは最高だ。
2人旅だと見えるものは2倍になる。
1人なら見落とすところを相棒が教えてくれるのだ。
それに同じものを見ても違うリアクションをするし、
失敗したら笑いあえるし、
ボケにはきちんとツッこんでもらえる。
第一、一人旅の食事は侘しいものだ。
旅先でどんなに素晴らしい料理にめぐりあっても
「おいしいね!」
と言い合う相手がいないことほど寂しいことはない。
けれども。
時には裏目に出ることが。
先輩と、先輩の友達と、3人で行ったときのことだ。
メキシコの遺跡を巡る超格安ツアー。
メキシコは遠かった。
ものすごく遠かった。
行きの飛行機の中で、先輩とその友達がケンカしたのである。
・・・帰りならよかったのに。
険悪なまま8日間。
間に立った私はオロオロ。
写真はいつも私が真ん中。
観光どころじゃなかったのだ。
そして迎えた最終日。
博物館での自由時間に、とうとう一人がキレて、ぷいっと姿を消してしまった。
行方不明だ。
ケンカ相手のほうは
「私のせいでいなくなったのでは!」
と泡をくって捜し始めたのだが、私は
「そのうち帰ってくるだろう」
と、呑気に構えていた。
付き合いきれなかった。
彼女が探しまわってるうちに私はぶらぶら歩き回り、おかげで民族楽器の演奏を堪能することができた。
その時に思ったのだ。
・・・一人って、ええなあ。
と。
メキシコ旅行がほとんど記憶に残っていないのは、こんな理由です。
旅先で何が困るって、トイレくらい困ることはない。
どうも私はトイレが近い。
しかも、すぐ下痢。
ずっと下痢。
いつでも下痢。
だから旅先では常にトイレを探していると言っても過言ではない。
はい、駅に着きましたー。トイレはどこかな?
はい、観光地に着きましたー。トイレはあるかな?
はい、お腹が空きましたー。トイレの綺麗な店に入ろう。
はい、次の目的地を目指しましょー。その前にデパートでトイレ借りていこう。
全てこんな調子。
ひょっとしたら私の旅はトイレを巡る旅かもしれない。
だが見つからない時だってある。
ネパールで急に便意をもよおしたが、観光地でもない普通の住宅地ゆえに公衆トイレはなく、そのへんの住人をつかまえて
「トイレをかしてもらえませんか?」
頼んでみた。
だが英語は通じない。
ネパール語で「トイレどこ?」って言ってみた(つもり)だがそれでも通じない。
仕方がない。
最後の手段。
ボディーランゲージだ。
・・・身振り手振りで「トイレ」を伝えるのって恥ずかしいのである。
しかも難しいのである。
「○×▲□※?」
「☆◎@#??」
・・・通じないのである。
とりあえず繁華街へ戻ろう。
踵を返そうとしたとき、
「あらあんた、日本人だね〜」
「ニホンジンだ〜」
「ガイジンさんだ〜」
なんだか珍しがられてしまって、
付近の住民がわらわら集まってきて、
そのうち「ヘンナをしてあげる」と女の子が言い出して、
そのまま30分くらい。
その場でじーっと手のひらにヘンナを施してもらっていました。
・・・顔色青く、額に冷や汗。
「トイレに行きたい!」
って叫べばいいんだけど、衆人観衆の中でトイレのジェスチャーするのも嫌だから、限界まで我慢してしまいました。
余談。
男の人は楽でいいなー。
野トイレ慣れない。
どうも私はトイレが近い。
しかも、すぐ下痢。
ずっと下痢。
いつでも下痢。
だから旅先では常にトイレを探していると言っても過言ではない。
はい、駅に着きましたー。トイレはどこかな?
はい、観光地に着きましたー。トイレはあるかな?
はい、お腹が空きましたー。トイレの綺麗な店に入ろう。
はい、次の目的地を目指しましょー。その前にデパートでトイレ借りていこう。
全てこんな調子。
ひょっとしたら私の旅はトイレを巡る旅かもしれない。
だが見つからない時だってある。
ネパールで急に便意をもよおしたが、観光地でもない普通の住宅地ゆえに公衆トイレはなく、そのへんの住人をつかまえて
「トイレをかしてもらえませんか?」
頼んでみた。
だが英語は通じない。
ネパール語で「トイレどこ?」って言ってみた(つもり)だがそれでも通じない。
仕方がない。
最後の手段。
ボディーランゲージだ。
・・・身振り手振りで「トイレ」を伝えるのって恥ずかしいのである。
しかも難しいのである。
「○×▲□※?」
「☆◎@#??」
・・・通じないのである。
とりあえず繁華街へ戻ろう。
踵を返そうとしたとき、
「あらあんた、日本人だね〜」
「ニホンジンだ〜」
「ガイジンさんだ〜」
なんだか珍しがられてしまって、
付近の住民がわらわら集まってきて、
そのうち「ヘンナをしてあげる」と女の子が言い出して、
そのまま30分くらい。
その場でじーっと手のひらにヘンナを施してもらっていました。
・・・顔色青く、額に冷や汗。
「トイレに行きたい!」
って叫べばいいんだけど、衆人観衆の中でトイレのジェスチャーするのも嫌だから、限界まで我慢してしまいました。
余談。
男の人は楽でいいなー。
野トイレ慣れない。
旅行中、初めて道に迷ったのはトルコ。
イスタンブールの町だった。
妹と2人でパックツアーに参加した時のこと。
最終日はフリータイムだったが、トラブルもなく、博物館やお城を見て
「そろそろ集合時間だし、ホテルに帰ろうか」
と、トラムに乗り込んだのだ。
発車を待っているとアナウンスが流れた。
トルコ語だから何を言っているのかは分らない。
だが、周囲の人々のうんざりした顔、不満そうな顔、そしてどんどん降りていく乗客たち・・・を見れば、何が起こったのかはすぐに分った。
「この電車、動かないんだ」
仕方がない。
タクシーをつかまえよう。
私達は大通りへ出た。
この町でタクシーを拾うのは簡単なこと・・・の、はずだった。さっきまでは。
なぜか、こんな時に限って捕まらない。
空タクシーは1台も通りかからない。
私達はだんだん焦り始めた。
それはもう日本へ帰る日のことだった。
朝、ガイドさんは言っていた。
「夕方4時にホテルに集合!
4時になったらバスを出します。遅れた人は置いていきますよ。日本に帰れなくなっても知りませんからね!」
・・・電車を降りた時点ですでに3時半になっていた。
あと30分しかない。
電車はダメ。
タクシーもダメ。
バスは分らない。
時間もない。
さあ、どうする!?
「走ろう」
地図によれば2キロかそこら。
当時の私達(20才と18才)に走れない距離ではない。
ただ、イスタンブールの新市街。
坂道だらけの町なのだ。
ずーーーーーーーーっと上り坂!
だけど苦しいなんて言っていられる状況じゃなかった。
30分以内に到着しなければ置いていかれる。
日本に帰れなくなる!
私達はどういうわけか
「置き去りにされたらきっと死ぬ」
と信じていた。
助かるには死に物狂いで走るしかなかったのだ。
「走れぇー!」
走って。
走って。
走って。
走って。
・・・迷った。
道に迷った。
「ここ、どこ?」
「わからん!」
パニックになった。
通りすがりの人に道を尋ねても全員トルコ語。
英語の話せる人は一人もいない。
どうしよう!
間に合わない!
私死んじゃう!
だが妹は強かった。
道行く人を次々とつかまえ、片っぱしから道を尋ねたのだ。
「この道で合ってるらしいよ! 次の信号を渡って右だって!」
「えっ、なんで分ったの?」
「なんとなく!」
・・・なんとなく。
人間、言葉が分らなくても「なんとなく」で意思疎通できるものなのだと、私はこのとき知ったのだ。
「なんとなく」ボディランゲージのおかげで私達は助かった。
PM3:59!
ホテルの門をくぐり、バスとガイドさんとツアー仲間にめでたく合流したとき、妹はあたりを憚らず号泣していた。
坂道が苦しすぎたのとホッとしたのと両方だったらしい。
ガイドさんも半泣きになりながら、
「どこに行ってたんですか! みんなをこんなに心配させて!」
と私達を叱りつけた。
「だって電車が止まっちゃったんだもん〜!
ごめんなさい〜!」
子供のように泣きじゃくる妹に言い訳を任せ、
・・・私はトイレへと駆け込んでいた。
妹とは違う意味でホッとしながら。
以来、数え切れないほど道には迷っているが、あれほど苦しかった迷子は今でもないように思う。
イスタンブールの町だった。
妹と2人でパックツアーに参加した時のこと。
最終日はフリータイムだったが、トラブルもなく、博物館やお城を見て
「そろそろ集合時間だし、ホテルに帰ろうか」
と、トラムに乗り込んだのだ。
発車を待っているとアナウンスが流れた。
トルコ語だから何を言っているのかは分らない。
だが、周囲の人々のうんざりした顔、不満そうな顔、そしてどんどん降りていく乗客たち・・・を見れば、何が起こったのかはすぐに分った。
「この電車、動かないんだ」
仕方がない。
タクシーをつかまえよう。
私達は大通りへ出た。
この町でタクシーを拾うのは簡単なこと・・・の、はずだった。さっきまでは。
なぜか、こんな時に限って捕まらない。
空タクシーは1台も通りかからない。
私達はだんだん焦り始めた。
それはもう日本へ帰る日のことだった。
朝、ガイドさんは言っていた。
「夕方4時にホテルに集合!
4時になったらバスを出します。遅れた人は置いていきますよ。日本に帰れなくなっても知りませんからね!」
・・・電車を降りた時点ですでに3時半になっていた。
あと30分しかない。
電車はダメ。
タクシーもダメ。
バスは分らない。
時間もない。
さあ、どうする!?
「走ろう」
地図によれば2キロかそこら。
当時の私達(20才と18才)に走れない距離ではない。
ただ、イスタンブールの新市街。
坂道だらけの町なのだ。
ずーーーーーーーーっと上り坂!
だけど苦しいなんて言っていられる状況じゃなかった。
30分以内に到着しなければ置いていかれる。
日本に帰れなくなる!
私達はどういうわけか
「置き去りにされたらきっと死ぬ」
と信じていた。
助かるには死に物狂いで走るしかなかったのだ。
「走れぇー!」
走って。
走って。
走って。
走って。
・・・迷った。
道に迷った。
「ここ、どこ?」
「わからん!」
パニックになった。
通りすがりの人に道を尋ねても全員トルコ語。
英語の話せる人は一人もいない。
どうしよう!
間に合わない!
私死んじゃう!
だが妹は強かった。
道行く人を次々とつかまえ、片っぱしから道を尋ねたのだ。
「この道で合ってるらしいよ! 次の信号を渡って右だって!」
「えっ、なんで分ったの?」
「なんとなく!」
・・・なんとなく。
人間、言葉が分らなくても「なんとなく」で意思疎通できるものなのだと、私はこのとき知ったのだ。
「なんとなく」ボディランゲージのおかげで私達は助かった。
PM3:59!
ホテルの門をくぐり、バスとガイドさんとツアー仲間にめでたく合流したとき、妹はあたりを憚らず号泣していた。
坂道が苦しすぎたのとホッとしたのと両方だったらしい。
ガイドさんも半泣きになりながら、
「どこに行ってたんですか! みんなをこんなに心配させて!」
と私達を叱りつけた。
「だって電車が止まっちゃったんだもん〜!
ごめんなさい〜!」
子供のように泣きじゃくる妹に言い訳を任せ、
・・・私はトイレへと駆け込んでいた。
妹とは違う意味でホッとしながら。
以来、数え切れないほど道には迷っているが、あれほど苦しかった迷子は今でもないように思う。

